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2018/07/13

世界の親日国とは?親日国家一覧と親日国になった理由・エピソードを紹介

ここ数年、様々な外国人が日本を訪問しています。そしてその数は年々増えています。世界の親日国は一体どこか、ご存知ですか?
親日国となった理由を一つ一つみていくと、意外なエピソードや、偉大な日本人の姿が見えてきます。親日国と反日国はどうしてできたのか。
まずは親日国の一覧を見ていくことから始めていきましょう。

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目次

親日国家ランキング

今や空前の「訪日ブーム」となっている日本ですが、長い歴史の中で、心から親日国でいてくれた国が実はたくさんあるのをご存知でしたか?
ではいったいどんな国が「親日国」なのか、まずは大手広告代理店の電通株式会社がだした「ジャパンブランド調査2017」を参考に見てみましょう。

8位 ロシア

ロシア人の9割が日露関係を重要と考えている、という報道があるほど、ロシア人の関心は日本に向いています。

また現在の首相であるプーチン氏は柔道家だというのは有名な話です。
ロシアとは日露戦争の名残があるのですが、ロシア人にとって日本は、「アメリカに原爆をおとされたかわいそうな国」と同情するロシア人は少なくありません。

近年、ビザの緩和も手伝って、ロシア人観光客が増えている事も事実です。

7位 インドネシア

オランダからの独立を一緒になって戦ってくれたのが、日本人約3000人の兵士でした。それから「独立したのは日本のおかげ」となっています。

1970年代には大規模な反日運動も起こっているのですが、当時は学生運動が盛んな時期でもあり、近年では、その暴動も沈下し、空前の漫画ブームが起こっています。

日本人も知らない漫画を、インドネシア人が知っている場合もあるのだとか。

6位 マレーシア

マハティール元首相が、戦後に日本の企業へ視察へ行き、日本人の勤勉さや、集団主義に心を打たれ、ご子息を日本へ留学させたりしたのがきっかけで、マレーシア人に親日感情がもたらされました。

マレーシアの首都、クアラルンプールは中華系、インド系、マレー系と多種民族国家でもあります。

イギリスの植民地時代が長く、マレーシアが親日国な理由の一つとして、マレーシアの独立は日本のおかげだという人がいます。
   

5位 台湾

戦前の日本統治時代と、近代の2回に分けて、親日ブームが起こっています。現代の若者が、日本の文化、特にアニメやコスプレ、J-POPなどを参考にし、日本語を学ぶ学生は90%を超えるほどの人気ぶりです。

特に最近は、親日国の中でも、東日本大震災の時には総額28億円の寄付を行ってくれた国として日本人の間でも有名です。

4位 香港

人口720万人のうち、訪日のべ人口は92万人以上!8人に一人は日本へ行ったことがある計算です。特に、安心、安全、清潔な日本に好意を持っているのが特徴です。

アジアの中でも急成長を遂げる香港ですが、マレーシアと同様、多種民族国家でもある香港には、日本人も多く住んでいます。

3位 フィリピン

日本政府のODA(政府開発援助)や多くの日本企業が進出している国です。同率のベトナムとタイ同様、国と国の援助関係が友好なため親日が多いのです。

アメリカ占領下のフィリピンが独立し、それを支援したのが日本だといわれています。

確かに、フィリピンは第二次世界大戦中、日本にも支配されているため、反日感情もあるのですが、中国、アメリカ、スペインなど多くの国に支配され、その中でも日本がましだったというフィリピン人の意見もあります。

2位 ベトナム

1位のフィリピン、タイ、共に日本政府からの支援はもちろん、ベトナム人の親日度は95%と非常に高いのです。特に日本の自然や景観の美しさに定評があります。

また日本製品はいいものというイメージをもち、日本のバイクは高品質のイメージを持っています。

近年行ったアンケートでも、日本のイメージを「経済発展している国」と思っているベトナム人は80%を超えました。

1位 タイ

タイの王室と日本の天皇陛下が非常に親密で、最も天皇陛下が訪れた外国ともいわれています。タイ国民はタイ王室を非常に尊敬してます。

こうしてみていくと、親日国は国によっていろんな理由があるようです。タイやベトナムやフィリピンは日本にも非常に来やすいので、訪日観光客が増えている国の一つでもあります。

他の国と同様、日本のアニメや漫画が流行しているのも、エンタメ大国タイならではといったところでしょう。

<下に続く>

世界の親日国家【一覧】

上記でご紹介した国以外にも、世界には親日国があります。
世界の親日国として、以下の国が知られています。

  1. 台湾
  2. ブラジル 
  3. フィンランド
  4. マレーシア
  5. シンガポール

続いて、世界の親日国を、それぞれ詳しくみていきます。

①:台湾

台湾の親日は大きく分けて2回、親日になった時期があります。一つは、日本の台湾植民地時代、もう一つは1995年以降のポップカルチャーが受け入れられた時代です。

植民地時代が終了してからも、台湾の経済が上がったのは日本のおかげだという人が多かったため、今現在も親日国なのです。

又、台湾には、たくさんのなじみ深い名前の建物がたくさん存在します。

②:ブラジル

100年以上前、笠戸丸という船にのってブラジルへ渡ってきた先人の日本人。その後、日本とブラジルは長い歴史の中で文化を融合してきました。

およそ150万人の日系ブラジル人が住んでいるブラジルは、最も親日だという人も少なくありません。

規律正しさや勤勉さがブラジル社会で勝ち得た歴史が、結果親日国という結果につながっています。

③:フィンランド

実はサンタクロース村には毎年10万通を超えるお手紙が届き、あの「ムーミン」の家があるというムーミンランドでのグッズの購入者は日本人が一番だというフィンランド。

スウェーデンとのオーランド諸島をめぐる争いを仲裁したのは、当時国連事務次長の新渡戸稲造氏だったのです。

彼のおかげで島は非暴力で平和を取り戻し、のちに国際社会のモデルとなる平和な島となった事は世界的にも有名で、今でも「ミスターニトベ」に感謝する人がいるのだとか。

④:マレーシア

1981年、前首相のマハティール氏の提言により「ルックイースト政策」が行われました。

この政策は「日本の集団主義、勤労倫理を学ぶ」事で自国の発展をさせるというもので、マレーシア人はこの政策で多くの日本を取り入れ、そして親日という結果につながりました。

1970年までは反日国だったマレーシアも、1980年以降、高度経済成長と共に、多くの日系企業が進出し、国際結婚や、駐在で滞在する日本人がローカルのマレーシア人との接触を深めていきました。

その後、戦後、これだけ復興し、欧米と肩をならべるのはアジア人として誇りであるとマレーシア人の日本人に対する見方が変わっていったのです。

⑤:シンガポール

アウンコンサルティング株式会社の調べによると、2017年に統計をとったデータで「日本人が好きですか?」という問いに対し、シンガポールは「大嫌い」が0%になりました。

国に対して同様、日本人への好感度が以前よりも上がっている事がわかりました。

また少し前までは日本語が第2外国語として人気が高いという事も理由として挙げられます。

<下に続く>

親日国家のいい話・エピソード

では、親日国のいい話・エピソードみていきましょう。
親日国のいい話・エピソードには、以下のものがあります。

  1. ポーランドの感動の恩返し
  2. 台湾のびっくりマンション
  3. トルコのエルトゥールル号の遭難
  4. パラオのペリリュー島の戦い

続いて、親日国のいい話・エピソードを、それぞれ詳しくみていきます。

①:ポーランドの感動の恩返し

1920年、シベリアにいたポーランドの孤児達は劣悪な環境の中にいました。

シベリア鉄道で子供達だけでも返そうとしましたが、ロシアとの戦争がはじまり、欧米諸国へ支援を要請したものの、ほとんど断られてしまいました。

その中で、日本赤十字社が外交官の交換もないポーランドの要請を受け、わずか17日後に3回に分かれて計765人の子供達を救済したのです。

日露戦争から続く、長い歴史の中でポーランドとは軍事的にも、文化的にも友好関係を結んでいるのです。

②:台湾のびっくりマンション

台湾全土にあるという、日本名のついた住宅街や建物が実際にあるのだそうです。

まずは、「小室哲哉」。小室とは小さな部屋を意味するそうですが、その後の意味は、あの有名プロデューサーの名前なのでしょうか。

その他にも、 「久石譲ビル」、「徳川家康マンション」、 「夏目漱石タウン」などもあります。いかに台湾人が親日かわかりますね。

③:トルコのエルトゥールル号の遭難

1890年9月16日夜、オスマン・パシャ提督率いる650名の使節団が軍艦エルトゥールル号に乗り、日本へ上陸しました。

その帰路、日本を出航したエルトゥールル号は、台風によって沈没します。提督を含む587名が死亡する大惨事でした。

奇跡的に助かった69名の生存者は、日本の付近住民による献身的な介護のおかげで、無事トルコまで帰還することができたのです。

この事件は、トルコの教科書にも掲載されたことがあり、現在でもこの事実を知っているトルコ人が約7割もいます。

④:パラオのペリリュー島の戦い

1994年、アメリカから独立したパラオの国旗は、日本の国旗である日章旗をモデルにした月章旗を自国の旗としています。

第一次世界大戦後、日本の統治下となったパラオでは、その前のドイツがしなかった、インフラ整備を積極的に行い、経済が活性化していきました。

第二次世界大戦では、パラオのペリリュー島で、アメリカと日本との闘いは最終局面を迎えます。島民は日本の為に一緒に戦うと申し出たにも関わらず、日本軍はこれを拒否します。

そして、避難船に島民をのせ、被害者がでないようにしたのです。今でも、パラオの言語には日本語と同じ意味の言葉がたくさん存在します。

<下に続く>

親日国家になる理由

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では、親日国家になる理由をみていきましょう。
親日国家になる理由には、以下のものがあります。

  1. 台湾でインフラ整備を行った
  2. ポーランドの杉原千畝領事代理による「命のビザ」発給
  3. マケドニアの震災の復興
  4. フィンランドの領有権争いを解決した

続いて、親日国家になる理由を、それぞれ詳しくみていきます。

①:インフラ整備を行った

戦時中は日本に統治されていた台湾では、教育の制度改革や烏山頭ダムの開発をはじめとしたインフラ整備に対して評価をし、親日国と言われています。

植民地だった韓国とは異なり、約50年にわたる日本統治時代を全否定するような歴史的解釈はみられません。

今でも、統治時代に立てた銅像が存在するという事は、当時の日本人がいかに貢献していたかを意味しています。

②:ポーランドの杉原千畝領事代理による「命のビザ」発給

1940年、第二次世界大戦中、日本の領事代理であった杉原千畝氏が約6000人のユダヤ系ポーランド人、リトアニア人に日本通過査証を発給しました。

これにより、ナチスの迫害に遭った多くのユダヤ人が日本経由でアメリカ等第三国に脱出することができたのです。1996年にポーランドでは、杉原領事代理に勲章を授けています。

この逸話は、映画にもなり、日本以外でも公開されています。

③:震災の復興に貢献した

1963年にマケドニアの首都で起きた大地震の復興を支えたのが、故・丹下健三氏を中心とする日本チームでした。

スコピエはほとんどの建物が倒壊し、大々的な都市策定をすることになったのですが、それを引き受けたのは丹下氏だったのです。

この事実はマケドニアの歴史の教科書にも記載があり、この事がきっかけで親日家となったマケドニア人が多いと言います。

復興から50年たった今も再構築が行われているマケドニアでは、シンボルとなった中央駅だけは、そのままの形で残す事が決定しています。

④:領有権争いを解決した

第一次世界大戦後、独立したフィンランドとスウェーデンの間で起こったオーランド諸島について、領国は国連の支持を仰ぎました。

当時、国連事務次官だった新渡戸稲造がだした「新渡戸裁定」と呼ばれる内容は、オーランド諸島はフィンランドが統治し、文化はスウェーデンのまま、としました。

最終的に、常任理事国も、両国もこの裁定を受け入れ、非武装で解決した事が今でも語り継がれています。

現在はオーランド諸島は平和のモデルケースとして、多くの領有問題を抱える国が視察を行うのだそうです。

<下に続く>

【まとめ】世界の親日国とは?親日国一覧と親日になる理由

世界の親日国家とは、過去に関わった私達の祖先である日本人が、海外で、いろいろなエピソードを作っただけではなく、それを現在も感謝してくれる人たちがいるからこそ存在します。

親日国家の条件とは、一方的に相手が日本の事を好きなわけではなく、戦前、戦後にその土地に渡った日本人が、偉大なる業績を残したり、又は平和をもって、周りを納得させる事ができるなど交流を重ねたからこそできた結果なのです。

今後、もっと親日国が増えるには、これからの自分達の海外での言動や、態度がきっかけになるかもしれません。

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