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2019/04/22

仏眼相とは?場所別に見る意味・両手にある時の意味を解説

「仏眼相」とは、手のひらに現れる手相のひとつです。「仏様の眼」とはいったいどのようなものなのでしょうか。その意味や、現れる手のひらの場所によりその意味は違うのでしょうか。仏眼相の場所別に見る意味・片手と両手にある時の意味など、「仏眼相」について詳しく解説していきます。

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目次

仏眼(仏眼相)って何?

「仏眼相(ぶつがんそう)」は「仏眼」のような相、見た目という意味です。

「仏眼」とはその文字のとおり「仏様の眼」のことです。
「仏眼相」は「仏様の眼の形」のようなものという意味になります。

仏眼相とは

仏眼相は仏の眼

「仏眼相」は手相の名称で、良運の印、吉兆だといわれています。
「仏の眼」の形をしたこの手相はとても珍しいもので、その多くは親指の第一関節に現れます。

しかし、稀にその他の関節に現れることもあり、その出現する場所や個数によっても、意味が変わることもあります。

この、ありがたい「仏」の名を持つ手相、「仏眼相」にはどのような意味があるかご説明しましょう。

仏眼相の意味

手相の「仏眼相」には次のような意味があります。

  • 霊感がある
  • 祖先の加護を受けている
  • 運が強い

手のひらに「仏様」の身体の一部、それも「目」を持っているのですから、それこそ仏の加護で災いも避けることができる強い運を持っています。

仏眼相を持っている人の割合は?

とても神秘的で強い運を持っている人に現れるといわれる「仏眼相」ですが、眼を表す線がが二重になっていいたり途中で切れていたり、それらしく見えているだけものが多く、スッキリとして誰が見ても切れ長の仏様の眼のように見える仏眼相の出現率はとても低く、滅多に見られないものです。

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仏眼相がある場所によって意味は変わる?

仏眼相の出る場所

仏眼相の多くは、親指の第一関節に現れます。
しかし、稀に親指の第二関節や、親指以外の指の関節にも表れることがあります。

そして、その現れる場所や個数により持つ意味にも違いが出てきます。
では、その場所による違いをご説明しましょう。

右手にある場合

一般に右手の手相にはその人の努力や経験などそれまでの人生、つまり過去が現れると言われています。
「仏眼相」が右手のひらにある場合は、その力はその人の過去の生き様により出現したものであると言えます。

右手に仏眼相が出現した人は、その真摯な生き方でご先祖の加護や運の良さを自ら引き寄せた人であるということでしょう。
もし、新たに仏眼相が出現したのなら、それは今までの努力が報われる兆しだとも言えるでしょう。

左手にある場合

左手の手相は、生得的にその人が持つ運命や資質を現していると言われます。
持って生まれた運命をあらわしているのが左手の手相です。

ですから左手に「仏眼相」が現れている場合は、生まれながら祖先や神仏の祝福を受け、強い霊的な幸運を持っていると言えます。
感受性が強かったり、霊能者的な力を持っている人もいるでしょう。

クジ運が良かったりジャンケンが強いなど、常にラッキーが身近にある人多いはずです。
左手に仏眼相がある人は、生まれつきの強運の持ち主であると言えます。

両手にある場合

「仏眼相」を両方の手のひらに持っている人もいます。
左右それぞれの手相が持つ意味は右手が生得的に持つ力、そして左手は生まれてから今までの人生において自分で引き寄せた力です。

つまり仏眼相を両方の手のひらにもっている人は、生まれながらの力に加え、自ら引き寄せた力も持っている素晴しい強運の持ち主であると言えます。
両手に仏眼相を持つ人には、強い霊的な力を持つ霊能者などもいます。

それだけに、両手に仏眼相が出現することはとても稀で特別なことだと言えます。

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親指の第一・第二関節の両方だとさらにスゴイ!

両手にある仏眼相

仏眼相はほとんどの場合、親指の第一関節にひとつだけ現れます。
両手のひらに現れる場合もありますが、その場合も両手の親指の第一関節に現れることがほとんどです。

しかし、極稀にではありますが親指の第一・第二関節の両方に現れることがあります。
手のひらを見ればわかりますが、親指の付け根の第二関節は第一関節に比べれば仏眼相の出現が難しい関節であることがわかります。

それだけに、第二関節に現れたら第一関節に現れた場合の数倍の効力があると言われています。

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これも仏眼相?迷いやすい形

仏眼相は、綺麗な切れ長の目の形をしています。
しかし、贔屓目にみれば仏眼相に見えるというような、紛らわしい形のものが多いことも事実です。

形が多少崩れていたり、線が切れていたりしても仏眼相だと思ってもよいのか、持っている力に変わりはないのかなどが気になります。
迷いやすい仏眼相の形状とその効力についてご説明しましょう。

仏眼相の線が切れている

仏眼相の形は、上下を弓型のラインで囲まれたような形です。
その片方の線でも、途中で切れている場合は残念ながら「仏眼相」とは呼べません。

しかし、それが右手であればこれからの生き方次第でその線がつながり、完璧な美しい仏眼相が出来上がることも考えられます。

仏眼相が小さい

仏眼相は、一般的には指の端から端に指の幅いっぱいに綺麗な弓型のラインを描いています。
しかし、中には指の真ん中あたりに小さくこじんまりとした眼が出現することがあります。

しかし、仏眼相の効力にその大きさは影響されません。
美しく綺麗に形づくられた「仏眼相」はたとえ小さくても素晴らしい力を持っています。

仏眼相の端がくっついていない

上下に弓型の線の端が離れているということは、仏様の眼の形をしていないということです。
これも仏眼相であるとなれば、誰でも仏相眼を持っていることになります。

滅多に現れないからこそ幸運の印と呼ばれるのです。
また、端が離れていることの他にも上下のラインの中に他のラインがある、ラインが幾重にも描かれているなどいずれも残念ながら仏眼相とは言えません。

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仏眼相の疑問

仏眼相の不思議な力

仏眼相には、人ならざる神秘的な力があるといわれています。
ここでは仏眼相の持つ意味、その力についての疑問にお応えしましょう。

仏眼相は霊感がある証拠?

仏眼相は霊感がある人に、現れる率が高いといわれます。
しかしこの「霊感」を、幽霊が見える力など霊能者の持つ力のような能力であるとすれば、仏眼相を持つ人が必ず幽霊を見るなどの霊能力があるわけではありません。

しかし、本来「霊感」には、目には見えないもの、形のないものなどを感じる力という意味です。
一般的に「予感」とか「感受性」「勘」といわれる能力のことです。

仏眼相を持つ人は勘が鋭い人が多く、これらの能力に長けている人が多いことは事実でしょう。

何かに守られている証?

仏様のうっすら開いた半眼は、菩薩様や観音様の慈愛のまなざしだと云われています。
その仏様の眼の形をしているのが仏眼相です。

その、仏様のまなざしをてのひらに持っている仏眼相を持つ人は、祖先や神仏の加護を受けているといわれています。
とくに、左手にある場合は、祖先や神仏の加護を握りしめて生まれてきた人です。

ビンゴゲームでいつも商品が当たるとか、満杯のデパートでも駐車場が見つかるなど些細なことから、九死に一生を得るような出来事まで折に触れ、守られていると感じることでしょう。

願い事が叶う?

では、手のひらに仏眼相がある人は、願い事が何でも叶うのでしょうか。
仏眼相は、何かしら大きな力に守られている証拠だと言われています。

ですから、本人が強く何かを願い、それに向けて努力を重ねていれば目に見えない力の加護があり、結果的に願い事が叶う確率が他の人より高くなります。

仏眼相を持つ人は、一般的には「運の良い人」と言えるでしょう。

記憶力がズバ抜けているって本当?

仏眼相を持っている人は、他人とは違う視点で物事を見ていて、時に、誰も思いつかないような発想をすることがあります。

臨機応変な対応力や、物事を俯瞰的に見る能力にも長けているのですが、その基盤にあるのが記憶力の良さだといえます。
しかしその記憶力は、単純に円周率を何ケタまで覚えているとか、歴史年表を記憶しているなど表面的な「記憶」だけではなく、もっと大きな意味での「記憶」です。

世の中の動き、人の行動など過去の出来事とその対応、結果など時間の流れを記憶しているといってもよいでしょう。
ただし、これらの記憶は意識して使っているわけではなく、無意識に使っています。

仏眼相を持つ人が、人や気運を見抜く力に長けているのもこの無意識にこの記憶の力を利用しているからでしょう。

もし仏眼相が消えてしまったら…

仏眼相だけではなく、手相は常に変化します。
とくに、右手の手相は後天的に作られるものなので数か月で変化するとも言われています。

その人の生き様、考え方などで変わっていくのです。
仏眼相も手相なので、ある日気が付くと現れていることもあれば、反対にただのシワになってしまうこともあります。

仏眼相の端が離れてしまい、眼の形を無くしてしまうなどは多いパターンです。
仏眼相は、霊的な力が絡んだ手相ですから、祖先や自然など目に見えない物への感謝や畏怖の念を忘れてしまうと消えてしまうこともあるようです。

もし手のひらから、ある日仏眼相が消えてしまったら、一度立ち止まって自分の生活や考え方を顧みることも必要です。
それは仏眼相からのメッセージかもしれません。

仏眼相がないんだけど…

仏眼相は、ない人の方が圧倒的に多いので、ないからといって落ち込むことはありません。
なくて当たり前、あればラッキーです。

それに、幸運を告げる手相は仏眼相の他にもたくさんあります。
それらを探してみるのもよいでしょうし、手相は数か月で変わるものです。

これからの心がけや生き方で、幸運の手相が出現する可能性は大いにあるのです。

仏眼相があとから現れることもある?

手相は、その生きざまで変化します。
ですから仏眼相もある日突然、現れる可能性もあります。

先祖や神仏など目に見みえないものへの感謝の気持ちを大切にしていると、現れることがあるようです。

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仏眼相を持つ人のエピソード

仏眼相のエピソードを話す人

「仏眼相」の現れ方には、右手、左手、両方、片手に複数、両手に複数など、いろいろなパターンがあります。
その数や現れる場所でどのように持つ意味が変わるのか、ひとつずつご案内いたしましょう。

片手に仏眼相を持つ人のエピソード

仏眼相があるのが、片手、それも利き手であればそれはそれまでの生き方や心がけにより出現したものです。
神仏や祖先に感謝し、今ある自分を感謝し真摯に生活をしてきたからこそ加護される資格を与えられたのです。

今はそれほどラッキーなことがないとしても、近い将来きっと吉報が訪れます。
これまで通り、感謝する心を持った生活を送りましょう。

両手に仏眼相を持つ人のエピソード

右手は後天的な運勢を表し、左手は先天的、つまり持って生まれた運勢を表していると言われています。

仏眼相が両手にあるという人は、もともと持って生まれた幸運に加え、自分の努力でも良相を手に入れたということです。
より以上の幸運、運の強さを持っていると思ってよいでしょう。

片手に二つの仏眼相を持つ人のエピソード

仏眼相は、その多くは親指の第一関節に現れます。
しかしごく稀に、第二関節や、その他の4本の指の関節にも現れることがあります。

ただし、そのほとんどが実は仏眼相ではなくただのシワです。
もし、綺麗な仏眼相が複数現れたとしたら、それは倍の力をもつということになります。

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神秘十字線やソロモンの輪とは違うの?

神秘十時は仏眼相と同様の良運

神秘的な手相に、「神秘十字線」と「ソロモンの輪」があります。
手相は古代インドが発祥と言われています。
その後、中国とヨーロッパに伝わりそれぞれ独自に発達していきます。

日本では明治のころそれまでの主流であった中国の手相術に加えヨーロッパで発達した手相学が加わり、現在に至っています。
そのような長い手相の歴史の中で、東洋の考え方の「仏眼相」や、西洋の影響を受けた「神秘の十字線、ソロモンの輪」の両方が使われています。

では、この「神秘の十字線」「ソロモンの輪」について「仏眼相」との違いも加えてご紹介しましょう。

神秘十字線とは

感情線と頭脳線の間にできる十字の線を「神秘の十字線」とよびます。
クロスの縦線は、運命線の一部になっていてそこに左右対象の横線が入っているものが良い神秘の十字線です。

クロスは神聖な形とされ、仏眼相と同じように神秘的な力を持っていると言われています。
霊感が強く、祖先や神仏の加護を得られ運が良いと言われています。

ソロモンの輪とは

「仏眼相」「神秘の十字線」と同じ良相のひとつに「ソロモンの輪」があります。
これは人差し指の付け根のあたりにグルッと、まるで輪っかをはめたようにラインが現れるものです。

ソロモンは、聖書にも登場する古代の偉大な王のひとりで、イスラエルを繁栄させたたいそうな知恵者でした。
その「ソロモン王」の名のついたこの手相には、王にふさわしいリーダーとしての資質、カリスマ性などを兼ね備えた選ばれし人だといわれています。

1本ではっきり出ている場合や、幾重かのライン担っている場合もあります。

<下に続く>

仏眼相を持つ人はポジティブ思考が最重要!

とても神秘的な力をもつ「仏眼相」ですが、その基本的な力は感謝の心にあります。
もし、運よく仏眼相を持っていたとしても、その良運に胡坐をかいて驕った生活をしていれば仏眼相は、いつかその眼を閉じてしまうことでしょう。

仏眼相をもっているからこそ、祖先や神仏の加護に感謝し、その与えられた強運を活かして前向きにポジティブな人生を送ることが大切です。
前向きに生きる、それこそが仏眼相を与えられた人の義務だともいえるでしょう。

<下に続く>

仏眼相の持つ本当の意味とは

仏眼相の持つ意味

手相をただの掌のシワとみる人もいれば、その小さなシワに一喜一憂する人もいます。
信じる、信じないはその人により自由ですが、もし手のひらに小さな仏眼相を見つけたら、それは祖先や神仏など目には見えない何らかの力が、守ってくれていると感謝してもよいのではないでしょうか。

運の良さは人によりそのランクが違うものです。
何億円の宝くじに当たる、異例の大出世をするなど華やかな幸運だけが幸運ではありません。

例えば、命にかかわるような事故に会うところを擦り傷で済んだらそれも幸運です。
難航した取引が無事終了した夜のお酒が美味しければそれも幸運でしょう。

人の幸せは、それこそ人それぞれです。
他人の幸せを羨むより、今日の一日を感謝して暮らす、それこそが仏眼相のもつ本当の意味でしょう。

小さな仏様が今日も手のひらで見守ってくれていると思えば少し心強い気がするものです。

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「お金のコトをもっと身近に」というミッションで、みんなのお金ドットコム(みんかね)を運営しています。
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