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2017/11/15

ゆとり世代の前の世代の名称と特徴一覧!なぜゆとりは馬鹿にされる?

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目次

ゆとり世代の前どのような世代だったのか

いわゆる「ゆとり世代」の前にはどのような世代があったのでしょうか。
名称や呼び方、特徴などを踏まえつつ、紐解いていきましょう。

また「ゆとり世代」がどうして馬鹿にされるのか、その疑問にも答えていきます。
様々な世代を振り返ってみると、新しい発見が見つかることでしょう。

<下に続く>

ゆとり世代の前の世代の名称と特徴一覧

大正世代(1912-1926)

明治と昭和の間に位置される大正時代は、大正デモクラシーや婦人参政権など、政治的にとても大きな出来事がありました。
関東大震災が起こったのも大正時代です。

文化面では「大正モダン」と呼ばれる新しい大衆文化が起こりました。
女性の進出も目覚ましく、職業婦人と呼ばれる時代の最先端を行く女性たちが、バスガイドや電話交換手、女優など華やかに活躍しました。

大正3年、第一次世界大戦が勃発します。

戦時中は比較的好景気でしたが、終戦を迎えると景気は悪化、そのまま昭和時代に向かうこととなりました。

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芸能面では、日本でジャズが花開いたのが大正時代です。
映画の元となる「活動写真」も、この頃生まれました。

日本語世代(日清戦争後〜第二次世界大戦集結)

日本語世代とは、第二次世界大戦より前に、大日本帝国の海外領土で生まれ育った世代を指します。
主に台湾・朝鮮といったアジアや太平洋諸島に多いです。

欧米型と違い、日本に於ける植民地支配は、現地のインフラを整えたり、高い学力を付けさせるなど、積極的に現地の近代化に力を注いできました。
そのため親日を言われる人々が多く、現在でも日本語を流暢に話す現地人が存在します。

初の大日本帝国植民地となった台湾では、日本政府は積極的な現地開発を行いました。
そのため台湾の中高年層や老年層では、日本人に心を開く人が少なくありません。
台湾では若者でも日本語が話せる人々が多くいます。

昭和一桁(1926-1934)

昭和元年から昭和9年までのこの時代には、日中戦争が勃発しました。
昭和7年には満州国が樹立されています。
世界恐慌の真っただ中に生まれ育った年代と言えましょう。

昭和一桁世代は、昭和元年~昭和4年までに生まれた「昭和一桁前期世代」と、昭和5年~昭和9年生まれの「昭和一桁後期世代」の二つに分かれます。
第二次世界大戦で特別特攻隊としての任務についたのは、前期世代が多いです。

昭和一桁世代が青年になる頃、日本は高度成長期に入ります。
第二次世界大戦の生き証人として、また戦後の目覚ましい復興と成長を遂げた日本の担い手として、激しい動乱の昭和を生きてきた世代と言えます。

焼け跡世代(1935-1939)

第二次世界大戦中に子供時代を過ごした世代を「焼け跡世代」と呼びます。
昭和一桁世代の次にあたり、語源は作家野中昭如氏の「焼け跡派」から来ています。

焼け跡世代の中には、幼い頃焼け跡や防空壕で育った人がおり、戦後の闇市を経験した人もいます。
飢えや貧乏に苦しんだ人もたくさんいます。
また原爆が落とされた地方では、後遺症に苦しんでいるのもこの世代に多いです。

この世代の人々は、第二次世界大戦を経験した最後の世代と言えます。
動乱の世代にあって、大卒者は少なく、ほとんどが高卒で社会に出ています。
この世代の後、大学進学率が増えて、大学教育が一般化していくのです。

戦中生まれ世代(1941-1946)

別名「プレ団塊の世代」と呼ばれます。
戦後の不況からがむしゃらに働き、日本経済を見事に立て直したのがこの世代です。
「焼け跡世代」と被ることもあります。

後の団塊世代と異なるのは終戦後の飢餓や貧しさを知っている点で、自分たちが現在の経済を作ってきたという自負があります。
中には小学校しか出ていないという人もあります。

団塊の世代と比べると夫婦の役割もはっきりしており、妻は夫をたてて三歩下がるというような、良妻賢母が良いとされていました。
第二次世界大戦時、日本に攻め込んだ米国に対し、憧れとともに激しい嫌悪感を持っているのもこの世代の特徴です。

全共闘世代(1941-1949)

安保闘争やベトナム戦争時代に学生だった世代であり、学生運動にかかわった人々も多いです。

年齢によっては、後にご紹介する「しらけ世代」とも重なります。
また「団塊の世代」とも重なります。

まだまだ本当の意味で日本が豊かにはなっておらず、財閥の力が強く、庶民が蔑ろにされていた時代でした。

学生運動は有名大学の学生を中心に構成されました。
「怒れる若者たち」と呼ばれる世代であります。
いわゆる「左翼思想」といえます。

後に出てくるロストジェネレーション世代に理解されにくいのが、この全共闘世代です。
学生運動は1960年当時決して珍しいものではなく、大学生では当時学生運動に関わらなかった人のほうが少ないほどです。

団塊の世代(1947-1949)

日本で第一次ベビーブームが起きていた時代に生まれた世代のことで、「第一次ベビーブーム世代」と呼ばれることもあります。
第二次世界大戦後にやってきた高度成長期と、バブル期両方を体験している世代です。

語源の由来は堺屋太一氏の小説「団塊の世代」からきています。
厚生労働省白書によれば、「団塊世代」の定義とは1947〜1949年生まれの世代とされています。

この3年間の出生数はのべ806万人を超え、第一次ベビーブームが起きていたことを如実に表しています。
ベビーブームが起きた原因は、第二次世界大戦終了後に復員した男性が結婚するなど、若い男女の婚姻率が急激に増えたことが理由です。

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しらけ世代(1950-1964)

学生運動が落ち着き下火を迎える頃、成人を迎えた世代が「しらけ世代」と呼ばれます。
政治的関心が薄れた世代といえます。
また「共通一次試験」を体験する「新人類」と被って定義される場合もあります。

この時代に起きた大きな出来事といえば、「あさま山荘事件」「沖縄返還」「オイルショック」が挙げられます。

「シラケ」という言葉が流行し、「無気力・無関心・無責任・無感動・無作法」の五無主義として揶揄されました。

政治には冷めた世代で、個人主義に通じるところもありました。
この時代を象徴するフォークソングとしては、かぐや姫の「神田川」、井上陽水の「傘がない」などがあります。

ポスト団塊世代(1950-1955)

団塊世代とバブル世代が濃いキャラクターなのに対し、ポスト団塊の世代はどうも影が薄いと言われることが多いです。

しかしデザイナーズブランドが流行したり、テニスやスキーなど、団塊の世代に比べて多大な経験を持ち、価値観が大きく変わる転換の時期にあたる世代とも言えます。

合コンやキャンパスライフを楽しんだ最初の世代であり、雑誌「POPYEY」が創刊されたのもこの時期でした。
それだけに団塊の世代とポスト団塊の世代は、価値観などのギャップが大きいと言えます。

インターネットへの親和性や理解度もポスト団塊の世代は優れています。
利用頻度が高いだけでなく、仕事でインターネットを日常的に使用している人も多いのがこの世代の特徴です。

断層の世代(1951-1960)

高度成長期の時期に育ち、初めて「オタク」というカテゴリーが登場したのがこの「断層の世代」です。
また1976年以降に生まれた世代を「断層ジュニア」と呼ぶこともあります。

断層の世代の特徴は高消費傾向があることです。
ローンを組んでの買い物や、海外旅行を好むなどが挙げられます。

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消費内容は高価な自動車やAV機器などが多かったのですが、その後のバブル崩壊につれ、これら消費は徐々に抑えられるようになっていきました。

この時代に生まれた機器で有名なのは、SONYの「ウォークマン」などがあります。
断層の世代に熱狂的に受け入れられ、ヒットした製品でした。

しかし良いことばかりではなく、経済的には当時の地価や住宅金利はとても高く、借金を背負いこんだ人も少なくはありません。

新人類世代(1961-1970)

「新人類」とは栗原信一郎氏により創り出された新語であり、主に1980年代に用いられることが多かった言葉です。

テレビや雑誌といったマスメディアが当時こぞってこの言葉を用い、「新しい感性や価値観を持った若者」として扱われました。
ちなみにこの言葉は1986年度の「新語・流行語大賞」に選出されています。

この頃登場したものでは、有名なもので「インベーダーゲーム」が挙げられます。

これら新人類世代の若者が成人し社会に出ると、焼け跡世代に当たる人々から「一風変わった理解不能な若者たち」と揶揄され、「新人類」は当時の若者全体を指す言葉として広義されるようになりました。

バブル世代(1965-1969)

バブル景気の頃に就職した人々を指して「バブル世代」と呼ばれます。

ほぼ1988年から1992年までに社会人となり就職した若者をこのように呼ぶことが多く、団塊の世代の「モーレツ社員」やバブル期以降の「就職氷河期」と比較対象されることの多い世代です。

バブル世代が生まれた頃は高度成長期の後期にあたり、公害など社会問題が深刻化していた時期にあたります。
海外ではベトナム戦争の真っただ中で、パリ5月革命などが起こった時期でもあります。

この頃登場し流行したものには、スーパーカーやリカちゃん人形、モンチッチなどが挙げられます。

文化的にはツッパリ文化と呼ばれるものが最盛期で、横浜銀蠅や矢沢栄吉に人々が熱狂し、松田聖子を筆頭とする「ぶりっ子」がもてはやされた時期でもあります。

入学試験は競争が激化し、落ちこぼれも問題化されました。

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団塊ジュニア世代(1971-1974)

第二次ベビーブームに生まれた人々がこの世代にあたります。

団塊の世代は都会より地方に生まれた人々が多いのですが、団塊ジュニア世代は都市部に生まれた人々が圧倒的に多いのが特徴です。
団塊の世代に比べて団塊ジュニア世代は大学進学率が高く、受験戦争は過去最も厳しい時期でした。

団塊ジュニア世代が生まれた1970年代には、大阪万博が開催されています。
また石油ショックのため高度成長期が終わりを告げ、経済は安定成長期に移行していきます。

1980年代には校内暴力が多発し問題視されました。
これにより学校教育は締め付けが厳しくなっていきます。
週5日制はまだ実施されてはおらず、落ちこぼれが引き続き問題視されていた時期です。

ポスト団塊ジュニア世代(1975-1979)

ポスト団塊ジュニア世代には二つの意義があり、団塊の世代の子供を「真正団塊ジュニア」と呼ぶことがあります。
また「団塊ジュニアの子供世代」という、より一般的で広い意味で使われることもある言葉です。

この世代の特徴はインターネットが普及した1990年代後半から2000年代にかけて社会人になったことで、ネット文化に本格的に参入し担い手となっていることです。

マリオ

この時期起こった大きな出来事として、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が挙げられます。
またファミコンが登場したことも大きな文化的革命と言えるでしょう。

政治的な出来事ではロッキード事件が1976年に起こっています。

ミニマムライフ世代(1980-1988)

現在の30代がほぼこの年代にあたります。

バブル崩壊阪神淡路大震災就職氷河期を経験している年代で、リスクに対する危機感を大きく持っているのが特徴です。
そのため消費をできるだけ抑え、ミニマムな生活を好む傾向が高いです。

社会的にも非正規社員が増え、縛られない自由な生活を好むことが多いです。
不必要なモノを持ちたくない、シンプルライフを送りたいなどの傾向は、この世代の大きな特徴といえましょう。

職場の上下関係に縛られることを嫌い、干渉されることを好みません。
そういった面は団塊の世代などから見て、何を考えているのがよくわからない、つかみどころがないなどといった印象を与えることもあります。

ゆとり世代(1987-2004)

ゆとり教育を受けた世代をこう呼びます。

1980年代から、それまでの詰め込み型学習に対して問題視する声が多くなり、学習指導要領が全面的に改正されました。
それにより学習量は大幅に削減され、子供の学力低下を心配する声も挙がりました。

いわゆるゆとり教育を受けた世代には、現在の30代、40代が含まれます。
なお「ゆとり教育」「ゆとり世代」という言葉はマスコミによる造語です。

世界的な金融危機の時期に社会人となっており、就職氷河期を経験しています。
また日本ではこの頃、併せて少子化問題もクローズアップされはじめます。

ポケットベルや携帯電話といった機器に早くから親しみ、生まれた頃からすでにインターネットが整った環境で育っています。

さとり世代(1987-2004)

2013年度「新語・流行語大賞」にノミネートされたのが「さとり世代」という言葉です。
無欲な、欲のない世代という意味で使われることが多いです。

2010年代の、悟ったように現実的で欲のないように見える若者を指して使われます。
「欲のない」の内訳としては、恋愛に積極的でないとか、旅行に行くより家に籠る方が好きといった、あまり行動的ではない特徴があります。

合理的で無駄な付き合いを好まず、休日はアウトドアよりインドア派が多いです。
合理的な面は消費傾向にも表れており、質が良く値段の安い、コストパフォーマンスを重視する傾向があります。

モノの豊かさより精神的な豊かさや喜びを求める傾向が「さとり世代」と呼ばれる所以でもあります。

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ロストジェネレーション世代 (1993-2005)

ロスジェネ」と省略して呼ばれることもあります。

ロストジェネレーションの直訳は「失われた世代」で、本来の意味としては、第一次大戦後の米国で「迷える世代」として使われていました。
代表としては作家のヘミングウェイなどが挙げられます。

日本で使われる「ロストジェネレーション世代」という言葉は、朝日新聞が2007年に連載したバブル崩壊後の「失われた10年」で、ニートフリーター引きこもりといった若者たちを取材したところからきています。

経済・雇用問題で取り上げられることも多く、就職氷河期で格差社会に投げ出された彼らが非正規雇用や再就職といったあがきの中で、インターネットに居場所を求めるという一面もあります。

ゆとり世代の前世代から馬鹿にされるのはなぜか

これだからゆとりは

これはいわゆる「ゆとり世代」と言われる人々が最も嫌う言葉です。
彼らに言わせれば、好きでこの世代に生まれたわけではない。ゆとり教育を決めたのは上の世代の人々だし、自分たちはそれを選んだわけではないのに、なぜ馬鹿にされなければならないのか、ということです。

しかし例えば団塊の世代など、彼らより上の世代に言わせると、そうやって全てを他人のせいにして問題を解決しようとしない姿勢こそが「ゆとり」なのだという言い分になります。
そこには、自分たちは少なくとも他人のせいにせずに闘ってきた、という自負があります。

どちらの言い分にも一理ありますが、ゆとり世代も今や大人と言われる年代。
やはり厳しい現状を打破するには、もう少しがむしゃらにならないと、「甘えている」と取られてしまうのかもしれません。

<下に続く>

ゆとり世代の前後で何が変わったのか

ゆとり世代前後で最も変わったことは、転職率の高さでしょう。

現在日本の転職市場で最も高いのは30代・40代のいわゆる「ゆとり世代」と言われる人々が主役となっています。

なぜ、仕事が続かないのかは様々な理由が挙げられると思いますが、「自分がやりたい仕事」を求める彼らに対し下積みやトレーニングを要求する上の世代との、仕事に対する考え方の違いが大きいです。

下積みを嫌がるゆとり世代は「わがまま」なのか、それとも今までの仕事のやり方自体を変えるべき時期にきているのか、そのあたりが今一度問われているのではないでしょうか。

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