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2017/12/03

ニューディール政策とは何かわかりやすく解説します!

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ニューディール政策とは?わかりやすく解説

1929年に、アメリカのニューヨーク株式市場において株価が大暴落しました。その結果、世界
恐慌が勃発します。

ニューディール政策とは、そんな未曾有の経済不況から脱出するためにとられた政策です。アメリカ大統領のフランクリン・ローズベルトの指揮のもと行われました。テネシー川の開発が有名ですね。

今回はこのニューディール政策のもととなったケインズ理論を踏まえて、政策の結果と失敗をわかりやすく説明していきます。

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ニューディール政策の背景にあった世界恐慌とは?

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世界恐慌とは、世界各国に経済不況が連鎖する状態のことを言います。1929年に起こった世界恐慌は、それまでに類を見ないほど深刻なものでしたので、「世界大恐慌」とも言われています。

1929年の世界恐慌の原因は、ニューヨーク株式市場の株価大暴落です。大暴落の要因は第一次世界大戦までさかのぼります。

第一次世界大戦によってヨーロッパは荒廃し、深刻な物資不足となります。その際、アメリカがヨーロッパへモノをたくさん輸出し、利益をあげました。

アメリカ経済の好調を背景に、1920年代後半からアメリカの不動産や株に投資が集中するようになります。

ただし、これは「アメリカが未来永劫、成長を続けるに違いない」という思い込みによるものでした。いわゆる「バブル経済」というものです。

そして、このバブルは1929年10月24日の木曜日にはじけ飛びました。世界中の人々、企業がアメリカの不動産や株を一斉に売ったのです。

この結果、アメリカは深刻な不況に陥り、その波が世界中に広がっていきました。

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ニューディール政策を採用したフランクリン・ローズベルト大統領とは?

ローズベルト大統領は、1882年にニューヨークで生れました。若いころから政治家を志し、名門ハーバード大学とコロンビア大学で法律学を学びました。

1928年にニューヨーク州知事に当選、そして1932年の大統領選で共和党候補を破り、当選を果たします。

ちなみに、ローズベルト大統領はアメリカ史上、唯一4選を果たした大統領です。それほど、彼に対する支持が厚かったということですね。

選挙活動中、ローズベルト大統領は世界恐慌からの巻き返しをスローガンに掲げます。このとき、「ニューディール」という言葉を使い、支持層を広めていきました。

ただ、実際はニューディールの内容は具体的に決まっておらず、内容を固めていったのは当選後と言われています。

ローズベルト大統領は、政治や経済の専門家をホワイトハウスに招き、ニューディール政策を実現させていきます。

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アメリカがニューディール政策を採用した理由とは?

アメリカがニューディル政策を採用した理由は、ズバリ「未曾有の不況からの脱出をはかるため」です。今までに経験したことのない不況に、真正面から取り組もうとしたのです。

世界恐慌前、アメリカ国内の失業率は約5%ほどでした。しかし、強硬勃発後は20%近くまで上昇します。失業率が短期間で4倍にまで跳ね上がったのです。

失業率が高くなると、国民の生活は不安定となります。そうなると、国の治安が悪化し、国力がどんどん衰えていきます。

当時、アメリカは自由主義経済を信望していました。政府は極力、企業の経済活動にかかわるべきではないと考えていたのです。

しかし、世界恐慌が起こってしまったため、そんな呑気なことは言っていられなくなりました。

結果として、アメリカ政府はニューディール政策のもと、経済に積極介入していくことになります。

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ニューディール政策でとられた政策とは?

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ニューディール政策でとられた最も有名な政策は、TVA(テネシー川流域開発公社)による公共事業です。失業者をTVAの労働者として雇い、生活できるほどの賃金を労働者に供給したのです。

これは、今までの自由主義的なな考えとは逆行するものでした。ただ、政府機関が公共事業を起こして労働を雇うことによって失業率は下がっていきます。

不景気の際に、公共事業を行うという政策が効果的であることが証明されました。

政府は、雇用拡大に加えて労働者の権利拡大も図ります。1933年、政府はNIRA(全国産業復興法)を制定します。この法律によって、労働者の団結権や団体交渉権を認められ、最低賃金も保証されるようになりました。

今でこそ、最低賃金はあって当然と考えられていますが、自由主義が牽制を振るっていたアメリカではそのような考えはありませんでした。

上記のように、労働者の権利を保障することで、労働意欲を掻き立てようとしたのです。しかし、この法律に対して合衆国最高裁判所は「大統領の権限を越えている」として、違憲判決を下します。結果、NIRAは廃止されてしまいます。

それでも、ローズベルト大統領はめげず、最低賃金や労働時間などを定めた全国労働関係法を制定します。この法律は、起案した民主党議員のロバート・ファーディナンド・ワーグナーにちなんで「ワグナー法」とも呼ばれています。

この結果、労働者の団結意識が形成され、生産効率が高まったと言われています。

これに加えて、政府は農業の救済にも着手します。アメリカは農業大国でもあるので、農業に従事する人々を助けることが経済回復に直結します。

1933年にAAA(農業調整法)を制定しました。この法律によって、農業生産は制限されることになり、過剰に生産した農産物は国が買い取るというシステムがつくられます。

それまでは、農家に農産物の生産を委ねていましたが、AAA制定後は政府が農産物の生産管理を行うことになります。これにより、農産物の価格は徐々に高くなりました。

しかし、この法律も1936年に違憲判決が下されてしまいます。AAAによって、生産制限を設けるのは違憲であるとされたのです。

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ニューディール政策の結果は失敗?成功?

ニューディール政策の結果は、一言でいうと「失敗」に終わります。ニューディール政策によって失業率は15%程まで低下しましたが、世界恐慌前の水準まで回復することはできませんでした。

また、GDPについても恐慌前の数値まで回復させることができず、結果としてニューディール政策の効果は限定的なものとなりました。

アメリカが世界恐慌前の失業率、GDPの水準を回復するのは第二次世界大戦が起こった後です。アメリカは、ニューディール政策ではなく、戦時経済によって支出と労働生産性を上げて、世界恐慌を脱出したのです。

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ニューディール政策と合わせて知りたいケインズ理論

ニューディール政策を経済学的に理論づけたのが、イギリスの経済学者ケインズです。ケインズは、失業者を出さずに、完全な雇用を達成するためには、国が公共事業を起こすことが有効であると説きました。

また、ケインズは政府が通貨を管理し、積極的に金融政策をおこなっていくことで経済恐慌を避けられるとも説きました。

ケインズ理論は、不況の経済学とも呼ばれています。不況をいかにして回避するかという点に力がそそがれているためでしょう。

ただ、ケインズ理論は自由放任主義的な経済学者たちから批判を浴びます。政府が介入しすぎると、自由な競争を妨げると主張したのです。

しかし、行き過ぎた自由放任主義が世界恐慌を招いたので、この批判は若干説得力に欠けるところがあります。

何ごとも行き過ぎはよくないということですね。

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ニューディール政策のまとめ

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いかがでしたでしょうか。ニューディール政策は、アメリカが世界恐慌から脱出するために行った画期的な政策でした。

ニューディール政策の結果、不況のどん底からは回復することができました。しかし、世界恐慌前の水準へ回復させるまでには至りませんでした。

ただ、ケインズ理論に乗っ取った大きな政府の政策モデルとして、現代の経済政策に大きな影響を与えています。

恐慌が起こることは望ましくないですが、もし起きてしまったらニューディール政策のような政策が再度、実行されるかもしれませんね。

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