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2018/02/07

ルイーザメイオルコットの生涯や性格、偉業、名言・書籍を紹介!

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ルイーザ・メイ・オルコットとはどのような女性だったのでしょうか?ルイーザ ・メイ・オルコットはどんな性格の女の子だったのでしょうか?

ここではルイーザ・メイ・オルコットの主な業績である書籍とともに、ルイーザ ・メイ・オルコットがそれらの本の中にちりばめた名言のいくつかを紹介します。

ルイーザメイオルコットとは?

ルイーザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott, 1832年~1888年)は、『若草物語』(Little Women: or Meg, Jo, Beth and Amy, 1868年)で現代の読者にもお馴染みの、アメリカの作家です。

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ルイーザメイオルコットの生い立ち

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ルイーザ・メイ・オルコットは、1832年11月29日、有名な超越主義者(1)(Transcendentalist)であるエイモス・ブロンソン・オルコット(Amos Bronson Alcott)と妻のアビー・メイ(Abby May)の間に、ペンシルベニア州フィラデルフィアのジャーマンタウン(Germantown)で、次女として生まれました。姉妹に長女のアンナ、三女のエリザベス、四女のメイがいます。

父親の理想主義のおかげで、一家の生活は非常に貧しいものだったようです。いくつかの学校設立の試みが失敗したあと、一家は母親の遺産とラルフ・ウォルドー・エマーソンの援助で購入したマサチューセッツ州コンコードの「オーチャード・ハウス(Orchard House)」に落ち着くまで、いくつかの場所を転々としました。

しかしたとえ貧しかったとしても、大好きな家族や良き友人に囲まれた過ごした少女時代のことを、ルイーザ・メイは「生涯でもっとも幸福な時期」だったと語っています。

(1)超越主義:「19世紀前半にアメリカでエマーソンを中心に起こった哲学‐宗教運動。有限な存在のうちに神的なものの内在を認める神秘的汎神論のような立場をとり、倫理的には理想主義・個人主義をとり、社会の改良に熱意を示した。超絶主義。」(株式会社岩波書店 『広辞苑第六版』より)

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ルイーザメイオルコットの性格

ルイーザ・メイは、自分をモデルにした『若草物語』のジョーのように、男の子のようなサバサバとした性格でした。短気で怒りっぽい面も多少あり、自分のそんな傾向に悩まされることもしばしばでした。

ボーイッシュな性格のルイーザ・メイは、この時代の男性優先主義に嫌気が差していて「男性に生まれたかった」と思ったこともあったようです。

しかしどんなに落ち込んだ時でも、ルイーザ・メイの強く生きたいという気持ちは失われませんでした。困難に屈することなく、勇気を持って進むのがルイーザ・メイの信念だったのです。

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ルイーザメイオルコットの偉業

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貧しい家族を助けるために、彼女は若いころから臨時教師、お針子、家庭教師、家事手伝いといったさまざまな仕事をこなしつつ、執筆活動を続けていました。ルイーザ・メイの最初の本は、エマーソンの娘のために書かれた『花のおとぎ話』(Flower Fables, 1854年)です。

1860年にルイーザ・メイは「ジ・アトランティック・マンスリー」(The Atlantic Monthly)誌に作品を書き始めました。また南北戦争中の1862年から1863年にかけて6週間ほどの間、ワシントンD.C.のジョージタウンにある合衆国病院で看護師として働きました。

その一方で、彼女はA・M・バーナードのペンネームを使って大人向きの情熱的・刺激的な小説も書いていました。これらの作品は商業的に成功を収め、おそらくオルコット家の家計を潤すために大きく貢献したでしょう。

そのような忙しい生活のなかで、1868年にルイーザ・メイは、姉妹達とコンコードで過ごした時代をもとにした『若草物語』(Little Women)を発表します。この作品は若い読者たちから好評で、ルイーザ・メイの代表作になりました。

それからもルイーザ・メイは文筆活動を通じで家族のために働き続けました。父親がつくった借金を返済し、妹メイが亡くなった時は残された娘を引き取りました。ルイーザ・メイ自身は、結婚をすることはありませんでした。

彼女の文学的な名声よりも、この彼女の生き方自体が、ルイーザ・メイが人生において成し遂げた最大の偉業なのかもしれません。

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ルイーザメイオルコットの最期

人々に愛される作品をたくさん送り出したルイーザ・メイですが、父親の死後2日後に、後を追うようにしてボストンで亡くなりました。1888年3月6日、55歳でした。
ルイーザ・メイの死因にはいくつかの説があり、南北戦争時に発症した水銀中毒の後遺症で亡くなったという説や脳卒中でなくなったという説が唱えられています。

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ルイーザメイオルコットの前向きになれる名言

ルイーザ・メイは、その作品を通じてさまざまな名言を残しています。以下にその一部をピックアップして、紹介します。

名言①:「雲の向こうは、いつも青空。」

(There is always light behind the clouds.)

落ち込んだときに、自分自身に言い聞かせたい言葉です。

名言②:「希望をもって忙しく。」

(Hope and keep busy.)

オルコット家の雰囲気が漂ってくるような気がします。

名言③:「わたしは嵐を恐れない。航海の仕方を学んでいるから。」

(I’m not afraid of storms, for I’m learning how to sail my ship.)

波乱万丈の人生を送ったルイーザ・メイが、常に自分に言い聞かせ続けていたのでしょうか。

名言④:「信じるものは強く、疑いを抱くものは弱い。強い信念があって始めて、偉大な行動がなされる。」

(He who believes is strong; he who doubts is weak. Strong convictions precede great actions.)

ルイーザ・メイの強い信念が伝わってきます。

名言⑤:「私たちはみな追い求める人生があり、形作るべき自身の夢がある。そして、信じ続ける限り、私たちはみな夢を現実にする力を持っている。」

(We all have our own life to pursue, our own kind of dream to be weaving, and we all have the power to make wishes come true, as long as we keep believing.)

是非とも若い人に、モットーにしてもらいたい言葉です。

名言⑥:「陽光のかなたにある私の高き志よ。手には届かなくても、それを見上げ、その美しさを目にし、それを信じ、それを追い求めようと努力することはできる。」

(Far away there in the sunshine are my highest aspirations. I may not reach them, but I can look up and see their beauty, believe in them, and try to follow where they lead.)

ルイーザ・メイはほんの少し心が弱くなっていたのでしょうか?そんなときでも彼女の夢を追い求めるエネルギーは損なわれていません。

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ルイーザメイオルコットの教訓にしたい名言

名言①:「秀才と天才の違いが分かるまでには、時間がかかるものだ。」

(It takes people a long time to learn the difference between talent and genius.)

秀才か天才かの違いが本当に分かるころには、どちらでも良くなるのではないでしょうか。たとえ本物の天才であっても、才能を発揮するには大変な努力が必要になります。

名言②:「火をおこすには火打ち石が二つ必要だ。」

(It takes two flints to make a fire.)

何事もひとりでは成すことができない、ということを表している名言です。

名言③:「自分の分かっていることを行いなさい。そうすれば、知る必要のある真実を学べるでしょう。」

(Do the things you know, and you shall learn the truth you need to know.)

目の前にある小さな手掛かりがものごとの大きな真相につながっていくという、スケールの大きな表現。

名言④:「進み方がどんなにゆっくりでもいい、徹底的に勉強していこうよ。」

日々学ぶことをモットーにしている者(特に学生)にとっては、しっかりと胸に刻みつけたい言葉です。

名言⑤:「人格こそは、金よりも階級よりも知性よりも美よりも、優れた持ち物である。」

文字通りに理解するだけで良い名言です。キリスト教の精神の影響が少し感じられます。

名言⑥:「ほめられ甲斐のある方から賞められるようになることが大事ですよ。」

「ほめられ甲斐のある方」とは誰でしょう?尊敬する人物のことでしょうか?

名言⑦:「人間の顔は、彼の持っている徳の一部である。」

「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」というリンカーンの名言を思い起こします。

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ルイーザメイオルコットの心に響く名言

名言①:「人生は私にとって大学です。うまく卒業できれば、いくらかの名誉を手に入れることができるでしょう。」

(Life is my college. May I graduate well, and earn some honors!)

ルイーザ・メイにとって、社会的成功とは、人生の終わりにたどり着いたときに周囲の人々が勝手に評価するものだったのでしょうか?

名言②:「母への信頼がゆるぎなく残っている息子は幸せだ。」

(Happy is the son whose faith in his mother remains unchallenged.)

現代ならマザコン息子と揶揄されるでしょう。でも、成長した息子がなお尊敬を失わない母親は、人格的にとても優れた存在だともいえます。

名言③:「「ステイ」は、友達の語彙のなかで魅力的な言葉です。」

(‘Stay’ is a charming word in a friend’s vocabulary.)

「ステイ(Stay)」とは、滞在する、留まるという意味です。大切な友達が離れることなく忠実に支えてくれる、という意味でしょうか?

名言④:「田舎で生まれ、田舎で育ったということは、教育の最良の部分だと思う。」

ルイーザ・メイが少女時代を「生涯で最良の時期」と語っていたことを思い起こします。

以上の名言及びその原文は『名言+Quotes』より引用(http://meigen-ijin.com/louisa-may-alcott/)(http://meigen-ijin.com/louisa-may-alcott/2/)

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ルイーザメイオルコットに関する書籍

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ルイーザ・メイ・オルコットの出世作となった『若草物語』です。

若草物語 (角川文庫)
Posted with Amakuri at 2018.2.5
L・M・オルコット
角川グループパブリッシング

『若草物語』の続編です。ベスを除く姉妹それぞれが良い伴侶を見つけて結婚するまでの話です。

続 若草物語 (角川文庫)
Posted with Amakuri at 2018.2.5
L・M・オルコット
角川グループパブリッシング

『若草物語』の続々編。主人公のジョーが夫のベア先生と共に開いた学校に、舞台は移ります。

第三若草物語 (角川文庫)
Posted with Amakuri at 2018.2.5
L・M・オルコット
角川グループパブリッシング

『若草物語』の最終シリーズです。ジョーとベア先生の学校を巣立った子どもたちのその後が描かれています。

第四若草物語 (角川文庫)
Posted with Amakuri at 2018.2.5
L・M・オルコット
角川グループパブリッシング

『若草物語』シリーズとは別に、彼女の社会活動家としての面を解説したマデリーン・B・スターンの本を紹介します(ただし英文です)。

L.M. Alcott: Signature of Reform
Posted with Amakuri at 2018.2.6
Louisa May Alcott
Northeastern Univ Pr
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ルイーザメイオルコットという生き方

ルイーザ・メイ・オルコットの生涯と、彼女が作品の中で読者に語りかけた、さまざまな名言を駆け足で紹介しました。

ここからわかることは、ルイーザ・メイはヴィクトリア朝時代のアメリカで、一方で非常に先進的な考え方や生き方を貫いたにもかかわらず、他方では家族に対する義務のため肉体と神経をすり減らした、一見古めかしい生涯を送ったことです。

しかもルイーザ・メイの場合はこのふたつの相反する生き方が彼女を引き裂くこともなく、むしろひとつにからみ合ってルイーザ・メイのすさまじい生きざまの原動力になりました。こういった事実には、ひたすら敬服するばかりです。

ルイーザ・メイの生き方は、決して古臭いものでははありません。現代に生きる女性たちにとっても、彼女が作品を通じて語ったさまざまな名言に静かに耳を傾ける価値は、大いにあるのです。

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