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2018/02/07

シュメール人の文明や文字、謎!日本人とのつながりや宇宙人説!

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シュメール人とは?

歴史の教科書で習ったことのある古代の四大文明の中でも、最も古いものとされているのがメソポタミア文明ですが、それを作ったのがシュメール人といわれています。こちらでは、シュメール人が作ったものやその特徴、シュメール人と日本との関係、シュメール人の目にまつわる特徴、シュメール人に残された謎、そしてシュメール人の生み出した文字についてと取り上げていきます。

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シュメール人、メソポタミア文明の特徴

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皆さんはシュメール人と呼ばれる民族について耳にしたことはあるでしょうか?おそらく、名前だけならば聞いたことのある方も少なくないでしょう。

そして、彼らが作ったといわれているのが、世界で最初の古代文明といわれているメソポタミア文明です。彼らの築いたメソポタミア文明には以下のような特徴があります。

特徴① 世界で最初の古代文明の1つ

メソポタミア文明は歴史の教科書の中では、エジプト、インダス、黄河・長江の各文明とともに四大文明の1つに数えられています。そして、年代的にもメソポタミア文明が成立したのはエジプトと同じころといわれています。

メソポタミア文明が成立したのが紀元前3500年ごろとされています。これは現在(2000年代)より数えること5500年ほど昔のことで、日本ではまだ縄文時代のことです。言い換えれば、日本ではまだ狩猟採集や漁労を中心とした生活が行われていた同じ時期に、シュメール人は後で述べるような文字や灌漑技術などを駆使した文明を発達させていました。

一方、他の各文明の場合は、エジプトで紀元前3000年ごろに最初の王朝が成立し、インドのインダス文明も紀元前2600年ごろ、そして中国の黄河・長江文明も紀元前5000年ごろには成立しています。

特徴② 発達した地域がチグリス・ユーフラテス川の下流域

シュメール人が作ったとされているメソポタミア文明は、他の古代文明と同じようにチグリス川とユーフラテス川の下流域で発生しました。地理で考えると現在のイラクの南側にあたる地域と考えてよいでしょう。ちなみにこの2つの川はペルシア湾に注いでいますが、その直前あたりで合流しています。

実はこの地域は大河は存在するものの、年間の降水量が200ミリにも達しないうえ、資源もアスファルト程度しか採れないという、一見するととても文明が発達しにくいように見える地域となっています。むしろ、その前の時期に文化的な中心地だったチグリス・ユーフラテス川の上流地域の方がもっと雨の降る地域だったといえます。

実はこの雨があまり降らないうえに、資源もそれほど採れないという地域的なハンデこそがメソポタミア文明の成立に大きく関わっていきました。そして、それはこの後で触れる灌漑技術の活用にも大きく関係してきます。

特徴③灌漑技術を活用

先ほども見たようにチグリス川とユーフラテス川の流域は年間を通じて雨はほとんど降りませんし、加えて資源もあまり採れないというハンデを抱えていますが、もう一方で山などがなくだだっ広い平地が広がる地域でもありました。言い換えれば、平地が非常に広大であるため、水について少し工夫をすれば高い生産高が期待できました。

そこで彼らが考えたのが「灌漑」と呼ばれる方法でした。これはチグリス川やユーフラテス川から水路を伸ばすことで水を平地に引き込み、その水を活用してこれらの平地を農耕地にするという工夫でした。

そのおかげで、この地域では非常に多くの小麦や大麦を生産することができ、なおかつそれらを活用して交易を通じて周辺地域の資源と交換し、それが文字や社会制度、ジッグラトといった大規模建築群などさまざまなものを生み出すよりどころとなりました。

特徴④交易の発達

シュメール人が築いたメソポタミア文明が成立するに至った要素として交易は欠かせません。たしかに、灌漑技術を通じて小麦の大規模生産は可能になりましたが、資源もまた質の高い生活を送る以上は欠かせないものです。ところが、先ほども見たようにメソポタミア文明の発達した地域では資源がほとんど取れません。そうなると、この地域にない資源は周辺の地域から取り寄せることとなります。

そこで、この大量にある小麦を元手として活用し、周辺の地域から鉱物資源を獲得しようとします。いわば交易を行うということですので、そのためのシステムの構築も急務ということとなりました。そのために活用されたのが文字と印章(ハンコ)*でした。

文字については、取引をしたり、保管したりする物量を記録するために必要ですし、また印章についてはやり取りをした者同士がお互いに送ったものの品質を保証したり、また物資を管理したりするために用いられました。

特徴⑤ジッグラト

メソポタミア文明の時代では大規模な建築群が出現するようになりますが、その代表例がジッグラトと呼ばれる神殿です。

特に現存するものとしてウルのものと、イランのチョガ・ザンビールのものとが有名です。そして、のちの時代にバビロニア王国(チグリス川とユーフラテス川の中流域を中心に栄えた王国)の首都であったバビロンに造られたものは、旧約聖書に登場する「バベルの塔」のモデルになったといわれています。

この時代になってこのように大規模な建築物群が登場したことは、それほどの建築物を建てることができるほどに社会組織が発達し、かつ物量や資源、そして人が集まりやすくなったといえます。この地域における都市の発達もメソポタミア文明の成立とほぼ同じ時期です。やがて、その中でもより力の強い都市が都市国家を形成することとなっていきます。

特徴⑥六十進法の整備

メソポタミア文明においては数字関係の発明もありました。それが六十進法で、文字通り60を1つの単位として計算する方法で、現在用いられている例では時間の計測が最もわかりやすいものといえます。

シュメールの時代から天文学が発達するようになった結果、月の満ち欠けを基準とした太陰暦もつくられるようになりましたが、それに伴って1年で月の満ち欠けが観測される12回と、両手の指の本数10本(指折りで数えられる)との最小公倍数である60を基準とした数え方の法則として生み出されました。

加えて、天文学が発達したことにより七曜や十二星座の概念も生まれてくるようになり、これがのちの時代にギリシャ神話やキリスト教にも大きな影響を与えることとなります。ちなみに現代で毎朝テレビなどで見かける星占いもメソポタミアで生み出されたものです。

特徴⑦都市の形成

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シュメール人がメソポタミア文明を作ったのとほぼ同じころ、この地域では都市が形成されるようになりました。都市も最初は集落にすぎませんでしたが、交易の発達で特に交通路が集中するような場所に位置にある集落は自然と多くの人が集まって、そこに住むようになります。

交易の影響で人が集まるということは、物資も集まるようになりそこに市場も形成されるようになって、そこでの商取引が盛んに行われるようになることも意味しています。この流れで富も集中するようになるため、やがて他の集落以上に力を持つようになります。

メソポタミア文明の時代にはこれらの都市が各地につくられるようになり、やがて物資を管理したり、構成員を守ったりするための政府が組織されると、その都市と周辺地域を領土とする都市国家が形成されるようになります。やがて紀元前2000年代に入るとこれらの都市国家がメソポタミアの覇権を握って争うようになり、のちにアッカドやバビロニアといった広大な領土を持つ国に発展していきます。

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シュメール人の文字

シュメール人が使っていた文字は楔形(くさびがた)文字と呼ばれる、楔の組み合わせで単語や数字を表記したものです。おそらく、歴史の教科書で習った方も非常に多いのではないでしょうか?

楔形文字は水で練った粘土の上にアシを削って作ったペンで刻みこむように記したため、結果としてあたかも楔のような形の文字となりました。なお、楔形文字を記した文書は中東の各地の遺跡から発見されており、

ちなみに楔形文字は今のところエジプトの象形文字とともに世界最古の文字といわれており、かつその後メソポタミア文明が周辺地域に拡大したのに伴って中東全域で使用され、実に3000年にわたって用いられるようになりました。特に、紀元前2000年代後半から使われるようになったアッカド語は長い間中東全域での国際語として使われています。

なお、楔形文字がが記された粘土板が発見されたのは、アッシリアの首都二ねヴェの図書館(世界最古の図書館)の発掘においてで、その際に焼けて固くなった粘土板文書が多く出土したためです。

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シュメール人の生活や政治、経済は?

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シュメール人はいったいどのような社会で生活をし、彼らの政治や経済はどのようなものだったのでしょうか?

シュメール人が作ったメソポタミア文明の特徴の1つが都市が形成されたことにありますが、都市には周辺の集落から多くの人々が集まって定住生活を行うようになりました。しかし、多くの人々が集まるとその分、社会生活を巡るさまざまな問題が発生するようになります。その解決のために有力者たちが神の権威を後ろ盾に政治を行うようになります。

シュメール人の政治は当初、このような神々の権威を後ろ盾とし、そのお告げに基づいた神権政治が行われており、政治担当者も神殿の祭司が主でしたが、まもなく行政機構が整備されるようになるとその中の有力者を頂点とした人々が権力を握るようになっていきました。ちなみに行政機構の中でも文字の読み書きができる人は書記として行政の中で中枢を担うようになりました。

経済については、灌漑技術を用いた農業と、それらによって収穫された農産物や精巧な土器を用いた交易が主産業で、周辺地域との交易を通じて資源を獲得し、それらを使って大規模な建築群や工芸品などを生み出していきました。

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シュメール人と日本人の関係

シュメール人といえば、よく日本人のご先祖様なのではないかという説が言われますが、はたして本当に我々日本人はシュメール人の末裔なのでしょうか?

そもそもシュメール人が日本人の祖先なのではないかとする説は、紀元前2000年ごろにシュメール人が忽然とメソポタミアの地から姿を消したという事実を出発点としています。そして、そのシュメール人の一部が日本にやってきて定着し、その子孫が現代の日本人になったというのが概要です。

この説の根拠としては言語学的なものや皇室との関係などが取りざたされます。現代解読されているシュメール語と日本語が構造的によく似ていること、皇室に古くから伝わる三種の神器のくだりや、シュメール神話と日本神話の内容が似ているといった点などが挙げられます。

さらに日本の皇室に伝わる菊の御紋が、シュメール人の時代のメソポタミアの粘土板にも見られるという点も挙げられます。シュメール人にとって菊の紋章は王族のしるしであったとされており、それと非常によく似たものを現在の日本の皇室が家紋としているという点は偶然にしてはできすぎなのではないかということで、この説は一定の説得力を持つものとされています。

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シュメール人は目が大きかった?

さらにシュメール人の目が大きかったということを示す遺物がメソポタミアの各地から出土しています。中には当時の王を表した胸像も見つかっており、その特徴として大きな目に立派なあごひげが挙げられます。

また、現在のシリア(メソポタミア文明が成立した地域より北側)のテル・ブラク遺跡にあるメソポタミア文明の時代の神殿から眼の偶像と呼ばれる大きな目を特徴とした彫像が見つかっていることも決して無関係ではないともいえます。

一方、日本人には大きく分けて縄文系と弥生系とがいます。そのうちの縄文系が目が大きく、あごひげを蓄えているというようにシュメール人と共通するような特徴があり、日本人がシュメール人の子孫であるという説はこの点にも根拠を求めています。

このように、この説は日本人とシュメール人とが持つ文化的な共通点がいくつも挙げられており、それらの点が偶然の一致であると判断するにはあまりにもできすぎているようにも見えるため、それなりに説得力は持ち得るでしょう。しかし、この説の言っていることが真実であるという確定的な証拠がまだ見つかっていないというのも事実です。

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シュメール人の謎

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シュメール人は先ほども見たように、紀元前2000年ごろに忽然と姿を消しました。そのころにはすでにアッカドのようなメソポタミア全域を勢力圏に組み込む広大な国家も出現しているような時代です。いわば、シュメール人が作った文化や社会システム、社会機構がこれほどのものにまで発展した時代にどういうわけか姿を見せなくなったということになります。

シュメール人が当時にしては最先端といわれるほど高度な知識や技術を持っていたにもかかわらず、突然姿を消したことについては、今でもシュメール人にまつわる最大の謎とされています。先ほど見たような日本人のルーツになったというような説がささやかれるほどです。

彼らが姿を消した理由にまつわるものは北方のセム系民族の侵略によるとする説や、気候変動による塩害によるとする説などいろいろと提示されていますが、現在もなお謎とされています。

同時にシュメール人に関する謎といえば、彼らの出自が不明であるという点も挙げられます。中には彼らが宇宙人であるとする突飛な説も出てきていますが、今のところ彼らが航海民族であったことから、いずこかから移住してきたということは学術的に有力視されているのが現状です。

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シュメール人の文明や文字、謎!日本人とのつながりや宇宙人説!のまとめ

メソポタミア文明を築いたシュメール人は、文字や灌漑技術、天文学、都市や国家など現代社会にもいろいろとつながるようなものを多く生み出しました。

にもかかわらず、彼らがどこからやってきて、どこへ消えていったのかということに関しては今でも大きな謎とされています。この件に関しては中には突飛そうな説が唱えられるほどですが、それほどまでにシュメール人に関してはミステリー好きな人にとって特に心をくすぐられる存在であるといえます。

ただし、現代社会の中でシュメール人が残したものの影響は非常に大きく、私たちが日常生活を送る中でお世話になっているものの中に今も息づいています。

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