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2018/02/16

財閥解体とは?目的・理由・解体の流れ・その影響!

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目次

財閥解体はなぜ行われたのか?

財閥解体はなぜおこなわれたのかその目的や理由はなぜなのか、そしてその結果その後どのような影響をあたえたのでしょうか?

今回は財閥解体はどうやって進められていったのか流れをわかりやすく、そして簡単に見ていきたいと思います。

<下に続く>

財閥解体とは?

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第2次世界大戦後おこなわれGHQが実行に移した占領政策のうちの一つであり、戦前から日本の経済界を牛耳っており第2次世界大戦にも大きく関わりをもっていたと考えられた財閥を解体することにより、日本がもっていると思われていた軍国主義思想を根本から取り除くために実施した政策です。

GHQが命令を下し強制的に解体させるということでなく日本側が自主的に推進することが期待されていたため、GHQはあくまでもサポートをするだけの役割を担っているに過ぎませんでした。

戦前日本の経済界を牛耳っていた財閥が戦後おこなわれた改革の一つとして解体が発表された後に、日本政府が4財閥やGHQと話し合い持株会社整理委員会を中心にこういった政策が推進されました。

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財閥解体を簡単にわかりやすく言うと?

わかりやすくいうと第2次世界大戦前の大日本帝国で経済界を牛耳り、日本が行ってきた戦争を経済的に支援をおこなってきていた財閥を解体することにより日本の経済的な民主化を図ろうとしたGHQが推進した政策です。

特にアメリカなどの連合国側では財閥が第2次世界大戦を経済的に支援をおこなったという見解もあり、そのため財閥を解体しなければ軍国主義思想を消し去ることができないと思っており前向きな姿勢だったようです。

その結果持株会社整理委員会が発足され資本金500万円以上の会社、もしくは大蔵大臣が選定した会社の解散または事業譲渡に対する認可権をあたえ、5年間にわたって選定を受けた企業の解散がおこなわれました。

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財閥解体の目的・理由

第2次世界大戦前の経済界を牛耳り第2次世界大戦を経済的な面で手を回しており、大日本帝国の侵略を経済的に支援をあたえていた財閥を解体することにより、戦前から続いていた経済体制を再編させて経済の民主化を図り軍国主義的な思想を消滅させるという目論見がありました。

特に財閥を解体せずに経済力を持ち続けてしまうと日本が再軍備をしてしまう可能性もり、そのような事態を防ぐためには財閥の力を失くすことが大切だと当時のGHQはおもっていたようです。

そして戦後日本には賠償問題もあって、賠償指定に際しては財閥系企業が優先に選定をうけるという極めて厳しい条項が盛られており、財閥保有工場を最優先とする賠償指定工場引渡し順位が採択を受けていたために進められたという理由もあります。

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財閥解体の流れ

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第一次指定

いわゆる4大財閥の持ち株会社が選定されたほか、富士産業も第一次指定で選定を受けなければならないという首相からの指示もあり、これに基づいて持株会社整理委員会が解散を勧告したことで本格的に開始されました。

特に持株会社であった4社は最初から考えられていましたが、富士産業は第2次世界大戦末にすべての生産工場と従業員が第一軍需工場として大日本帝国の接収・徴用をうけていたという事実もあって連合国から純軍需産業である認識があったためにGHQから選定を受けてしまいました。

この結果1946年に五社から持株会社整理委員会が譲る受ける財産内容が伝えられて第1回有価証券譲受が執行されたことで持ち株会社が事実上無力化することになり、結果的に財閥解体の第一歩が踏み出されたということになりました。

さらに同じくしてこの5社に対して解散するように伝えられ、持ち株会社として長い間財閥でも大きな影響力を持っていましたが事実上の終焉を迎えることになり、その後の日本にも大きく影響をあたえました。

第二次指定

第二次指定は1946年末に指定を受けた持ち株会社が解散された後に4大財閥に継ぐ規模の財閥などの約40社が第二次指定として持株会社整理委員会から解散がつたえられました。

新興コンツェルンなどの持株会社、トラスト、各産業で独占・寡占的地位を維持されてきた企業が選定をうけており第一次指定の持ち株会社だけでなく、トラスト、独占・寡占的企業も選定の対象として勧告を受けることになりました。

電力会社の半官半民のトラストの日本発送電株式会社は解散を宣告されて現在の東京電力や関西電力など9社に分割され、松下電器産業株式会社も解体を勧告されるなど現在でも残っている企業にも大きな影響をあたえました。

第三次指定

第三次指定は第二次指定とほぼ同時期に選定をうけて財閥傘下の企業でなおかつその会社自体が各産業で独占・寡占的地位にありそして一次と二次指定で選定にならなかった企業が20社が選定を受けました。

特に三井物産と三菱商事は経済が脆弱化することにつながるとして、解体を再考してもらうように持株会社整理委員会やGHQに対してロビー活動を展開しました。

しかしながらそれがGHQ側の反感を買うことになってしまいこの2社には特に厳しい整理措置を採るように要求を受けてしまう結果となり、その後経済的に大きな影響をあたえていた両社の解体は非常に困難を極め解体は長期化しました。

その後持株会社整理委員会は新たな会社の設立を図り三井物産を引き継ぐ日東倉庫建物と三菱商事を継承する光和実業を起業を促され両社合わせて1万人以上在籍していたと言われる社員は多数の会社に分散しました。

そして現在ではこのどちらも同じ企業名で存在しており、一時は分散しても再び同じ会社に戻ってくるという結果になりました。

第四次指定

第四次指定は第三次指定までとは意味合いが違い財閥系企業の解体や反トラストといった目的で選定するといったものではありませんでした。

この第四次指定は電気通信施設の国有化政策という当時の政策に基づいて指定されたもので、便宜的に持株会社整理委員会の所管とされたために財閥解体の一部となりました。

国際電気通信株式会社と日本電信電話工事株式会社がそれぞれ国際電信電話と日本電信電話公社新設のために解体されその後この2社が国営企業となりました。

第五次指定

第五次指定は1947年9月に選定を受けて地方財閥・小規模財閥を対象としており全部で16社が解散の宣告を受け、今回で選定を受けた会社をもって解散を告げられた企業は最期となって当初の計画は完了を告げました。

ここで指定を受けた会社のうち豊田産業株式会社はトヨタ自動車等の持ち株会社、そして鈴木三栄株式会社は味の素等の持ち株会社など現在では大企業になっている企業の持ち株会社も解体が勧告されました。

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財閥解体の結果

第2次世界大戦前は利益を一部で独占していることも多く経済の民主化がされてるとは言い難かったのですが、その結果市場を独占していた財閥系企業がなくなりさらに証券の民主化が促進され近代的な資本主義国家へと再編されることになりました。

そしてそれまでは市場が独占となっていたのが解消したおかげで新規参入しやすい環境が作られたことにより、新興企業も数多く起業されソニーやホンダなど現在でも名の通っている会社が中小企業から大企業へと発展が遂げられるなど財閥系以外の企業が成長することができました。

今まで市場に参入しづらかったりシェアを広げることが困難だった企業が成長できるきっかけとなり、ソニーやホンダなどが成長できる機会となり日本経済の民主化が進められました。

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財閥解体のその後への影響

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その後にあたえた影響はとても大きいものがあり、特に今まで日本の経済界を牛耳り支配していた財閥が解体され再編されてしまったことで日本経済界は変革を求められることになり、その後の日本の発展に大きく影響をあたえたと言われています。

その後解体されてしまった財閥はかつてほどの影響力はないですが次第に旧グループ企業で集結し次第に力を持ち始め高度経済成長などもあり現在でも旧財閥系企業は大企業として経済界に君臨しています。

しかし財閥系企業が一度は力をなくしたことにより証券が民主化し株式取引を前よりも活発化させ、独占されていた市場が広く開かれたので新規企業が参入しやすくなるなどその後にあたえた影響はとても大きかったと言えます。

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財閥解体の理由と影響

戦後GHQが推進したことでおこなわれ再軍備と軍国主義的思想を消滅させるという目論みがありましたが結果的に日本の経済界に大きく影響をあたえ、現在にもその影響が残っています。

しかし再編を受けたことにより現在では大企業になっているソニーやホンダなどが成長できるきっかけとなり、そして旧財閥系企業は再集結を図り現在では第2次世界大戦前ほどではありませんが現在では再び日本経済界に大きな影響をあたえるまでに再建しています。

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