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2018/05/21

フィリピンの歴代大統領と、過激な発言で有名な現在の大統領ドゥテルテ氏の政策

国際情勢が揺れ動いている昨今、指導者として注目されているフィリピン大統領をご存知ですか。歴代のフィリピン大統領や、日本でも有名なアキノ大統領、その息子ベニグノ・アキノ3世についてご紹介します。2016年に来日した、今の大統領の麻薬政策や支持率のほか、仮装通貨業界で名前の出てくる彼の弟などについてもみていきましょう。

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目次

フィリピンの歴代大統領一覧

フィリピン大統領 歴代

まずは歴代のフィリピン大統領を見てみましょう。

もともとスペインに支配されていたフィリピンですが、19世紀に独立戦争が起こります。その後、第1次フィリピン共和国時代に就任したのが、独立・革命を率いたエミリオ・アギナルドです。

彼が初代大統領になります。

その後を順番に見てみましょう。
第2代大統領 マニュエル・ケソン
第3代大統領 セルヒオ・オスメニャ
第4代大統領 マニュエル・ロハス
第6代大統領 エルピディオ・キリノ
第7代大統領 ラモン・マグサイサイ
第8代大統領 カルロス・ガルシア
第9代大統領 ディオスダド・マカパガル
第10代大統領 フェルディナンド・マルコス
第11代大統領 コラソン・アキノ
第12代大統領 フィデル・ラモス
第13代大統領 ジョセフ・エストラダ
第14代大統領 グロリア・マカパガル・アロヨ
第15代大統領 ベニグノ・アキノ3世
第16代大統領 ロドリゴ・ドゥテルテ

現在の大統領がロドリゴ・ドゥテルテ大統領で2016年6月30日に就任しました。

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夫の暗殺を期にフィリピン大統領になったコラソン・アキノと息子

フィリピンの大統領というと、あまりなじみのないイメージがあるかもしれません。
しかし、その中でも日本で有名な人物が何人かいます。

その一人がアキノ大統領です。

アキノ大統領と呼ばれる人物は二人いますが、それぞれの人物を見てみましょう。

まずは14代大統領に就任したコラソン・アキノ大統領です。

彼女の夫は政治家、ベニグノ・アキノ・ジュニアです。
彼は当時大統領だったマルコスと対立し、1980年にアメリカへ亡命します。

そして、1983年、マルコス打倒のためにフィリピンに帰国した時、マニラ国際空港で暗殺されてしまいました。
これを機に、夫人であるコラソン・アキノは打倒マルコスの象徴的な存在となっていきます。

1986年の大統領選挙でマルコスを破り、コラソン大統領が誕生しました。
独裁者として君臨していたマルコス政権時に制定された義理ピン昭和国健保を廃止、フィリピンの民主化に貢献します。

1992年、任期満了で退任後、2009年にコラソン氏は死去、その後彼女の後継者として期待されたのが、息子のベニグノ・アキノ3世です。

2010年、圧倒的な人気で大統領に就任し、2016年の任期満了までその職を務めました。

夫、あるいは父親の暗殺を機に、独裁政権と対立し、民主化運動に貢献するといった功績が日本でも大きく取り上げられました。

今でも当時のニュースをよく覚えているという方も多いのではないでしょうか。

<下に続く>

現在の大統領ドゥテルテ氏とは

それでは、ベニグノ・アキノ3世の後に大統領に就任した、現在のフィリピン大統領ロドリゴ・ドゥテルテ大統領はどのような人物なのでしょうか。

ドゥテルテ氏はフィリピンのルイテ島出身、父親はマルコス政権時に閣僚を務めており、マルコスの遺族からの支援も受けていたといわれています。

弟のエマニエル・ドゥテルテ氏はフィリピンで認められた仮装通貨フィリピングローバルコインを管理している人物です。

大学で法律を学び、卒業後はダバオの検察官として10年間勤めました。その後、1988年ダバオの市長に選出され、3期の任期を務めます。

その後いったんは下院議員を務めますが、2001年に、再度ダバオ市長に選出、3期を務め、合計で6期の任期を務めました。

ダバオの市長時代には、ダバオの治安改善に尽力し、犯罪率を激減させたり、ダバオの経済にも功績を残しています。

その後2016年にフィリピン大統領に就任しました。

一方で、ドゥテルテ氏は在学中に、少数民族出身であることをからかわれたとし、同級生を相手に銃撃事件を起こしたといわれています。

また、ダバオの市長時代には自警団「ダバオ・デス・スクワッド」の存在を黙認、彼らの犯罪者に対する超法規的な私刑である殺人にも黙認したといわれており、人権団体から批判されている人物でもあります。

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フィリピン大統領ドゥテルテ氏の政策とは

「麻薬戦争」

フィリピン大統領 麻薬戦争

いろいろな面で注目されているドゥテルテ氏ですが、その中でも特に有名なのが、麻薬戦争ではないでしょうか。

彼は就任前からフィリピンの麻薬問題に大いに関心があり、麻薬撲滅を掲げた政策に取り組みことになります。

ドゥテルテ大統領は公約にも過激な手法で麻薬撲滅活動に取り組むことを宣言、実際に就任後、それを実現していきました。

ドゥテルテ大統領の掲げる麻薬撲滅とは、警察や自警団による、麻薬犯罪にかかわる人たちの殺害を意味していました。

「フィリピン・デイリー・インクワイアラー」紙は大統領就任後、正体不明に自警団や警察によって693人ものちとたちが殺害されたと報じています。

死者が増えるにつれ、彼の麻薬撲滅践祚への批判は高まりますが、一般市民にも麻薬判事にかかわる人物への発砲を促す発言をするなど、過激な態度は収まっていません。

法的な段階を踏まずに逮捕されたり、殺害を恐れて自首する人も多く、犯罪者の収容人数にも限界が来ていると伝えられています。

2018年には、国際刑事裁判所が人道に対する罪を問う捜査の必要性を調べる予備調査を開始すると報道され、今後の行方が注目されています。

戒厳令

2017年、フィリピンのマラウィ市がイスラム過激派組織に占拠されるという事件が起きます。

事態の解決のため、マラウィ市のあるミンダナオ島で活動するマウテグループに対し、フィリピン国軍が軍事行動を開始、その抗争のため一時的な戒厳令を実施しました。

戒厳令が発動されると、軍が行政権を一時的に掌握することになり、市民の権利が脅かされることにつながるため、国際的にも批判が起きました。

ミンダナオ島の治安が改善していないとの理由で、戒厳令は延長され、現在でも続けられています。一部には、このままドゥテルテ氏の任期終了まで続くのではとの懸念もささやかれています。

英雄墓地埋葬問題

もともとマルコス政権化で閣僚をしていた父親の影響もあり、ドゥテルテ氏はマルコス元大統領に対し、親和的であるといわれています。
マルコス元大統領を「最高の指導者だった」と公言しており、マルコス氏の遺族からの支援も受けています。

マルコス氏の遺族は、マルコスこと大統領の遺体を英雄墓地へ埋葬するよう求めてきましたが、舞うこす政権に否定的なこれまでの政権は、この要求を拒否し続けていました。

ドゥテルテ氏就任後の2016年11月に、マルコス氏の遺体を英雄墓地に埋葬されますが、それに反対するデモや集会が盛んにおこなわれることになりました。

フィリピン英雄墓地は、そもそも独立戦争や太平洋戦争で戦い、命を落とした兵士たちやガルシア大統領、マカパガル大統領などの国家的英雄が眠る場所です。

フィリピン人の聖地ともいうべきこの場所に、かつて長期独裁政権で君臨し、最後は亡命することになったマルコス氏を埋葬することは、国民感情の反発を招きました。

しかし、一方で、マルコス政権時代を知らない若者が増えたこともあり、ドゥテルテ氏の支持獲得政策も相まって、この埋葬は実行されたと言われています。

<下に続く>

フィリピン大統領ドゥテルテ氏の過激発言や行動

2016年に就任して、もうすぐ2年になるドゥテルテ大統領ですが、その間にも数々の暴言や過激な行動で世間を驚かせてきました。

その一部をご紹介します。

①ローマ法王に暴言

ドゥテルテ氏が大統領選に出馬し、マニラを訪れる際に、同じくマニラに来ていたローマ法王に対して過激発言を連発します。

ローマ法王の訪問により、マニラの交通網は完全にパニック状態となり、大渋滞を引き起こすことになりました。

ドゥテルテ氏はトイレにも行けずに5時間以上も足止めを食らったとされ、フランシスコ法王に対し、売春婦の息子とさげすむ俗語を使ったうえ、「自分の国に帰れ、二度と来るな」などの暴言を吐いたとされています。

②国連人権高等弁務官に暴言

ドゥテルテ氏は、自身の麻薬撲滅戦争に批判的な国連人権高等弁務官のゼイド・ラアド・アル・フセイン弁務官に対し、「頭が空っぽのはげ」や「頭が空っぽ」などの暴言を繰り返し、罵ったと報道されています。

③ジャーナリストに対し暴言

ドゥテルテ氏が大統領就任前の2003年、ダバオ市長時代に、彼を辛口で批判していたジャーナリスト、ジュン・パラ氏がバイクに乗った複数の何者かに銃撃され殺害されるというショッキングな事件がありました。

この件について質問されたドゥテルテ氏は、ジャーナリストに対し、「殺されて当然の報い」だと発言したとされています。

また、そのほかにも「腐敗したジャーナリストは殺害されるべき」や、「ジャーナリストであるというだけで(最低な人物であっても)暗殺を免れるというわけではない」といった趣旨の発言を繰り返しています。

④私生活の暴露

ドゥテルテ氏が政治と金の問題で、自身の潔癖さをアピールするためにした発言が、過激発言として注目されました。
その発言というのが、自身には妻が二人、彼女が二人いるが、「彼女たちに公的な金を渡したことは一度もない」し、使っているお金はすべて個人のお金だとした内容でした。

さらに、その妻やガールフレンドについて、一人は病床に臥せり、もう一人はブラカン州にいるということや、彼女の職業がレジ打ちや化粧品の販売員であるといったことまで発言しています。

発言が事実であるか冗談であるかは不明ですが、私生活の内容にまで過激な発言は及んでいると言えます。

⑤オバマ大統領に暴言

フィリピン大統領 暴言

2016年、当時のアメリカ大統領のオバマ氏と、ラオスのASEAN首脳会議後に会談をする予定だったドゥテルテ氏ですが、彼の麻薬撲滅戦争に対する人権侵害問題について批判したオバマ大統領を「くそったれ」などという言葉で罵ったと報道されています。

これに対し、オバマ大統領は「過去にも派手で興味深い発言を耳にしている」としたうえで、ドゥテルテ氏を「非常に興味深い人物だ」と発言し、寛容的な態度を見せたものの、予定していた会談は中止という事態になりました。

数え上げたらきりがないほど、ドゥテルテ大統領の過激発言はたくさん報道されています。

その内容は国内だけにとどまらず、国際的にも問題になりかねない発言や、カトリックの国であるフィリピンで法王に対し暴言を吐くなど驚きの内容になっています。

しかし、それらも含め、これからの国際情勢の中でフィリピンの存在感を増すためのパフォーマンスととらえられる一面もあり、彼の政治的手腕についても、世間の結論が出されるのはもう少し先になると考えられています。

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フィリピン大統領ドゥテルテ氏が目指しているのはマルコス元大統領?

ドゥテルテ大統領がマルコス元大統領をフィリピン英雄墓地へ埋葬したことは、さきほども触れました。

ドゥテルテ大統領はマルコスに憧れをもっているのではないかという意見も、よく聞かれるところです。

それでは、マルコス元大統領とはどのような大統領だったのでしょうか。

マルコスが大統領に就任したのは1965年、それから1986年までフィリピンの大統領として独裁政権をつづけました。

反政府運動を弾圧し、民主化を阻害、最後は国民の反発を受け亡命という事態になります。

一方ではフィリピンの経済発展に貢献し20年に渡る長期政権でアメリカとの結びつきを強くし、フィリピンの発展を実現しました。

しかし、当時弾圧された人々や、行方不明になった活動家の家族にとって、どれほどの功績があろうともマルコスを英雄視することは難しく、マルコスをどう評価するかはフィリピン国内でも意見の分かれるところです。

ドゥテルテ大統領は就任前から、マルコス元大統領の功績を讃える発言を繰り返し、なかにはマルコス政権に近い政治方針を持っているのではないかと考える人も多くいます。

マルコスは暴力的な弾圧により、恐怖で国民を縛りました。同じようにドゥテルテ大統領も、麻薬撲滅を掲げた、超法規的処置として、暴力的な解決を推進しています。

また改憲にも意欲的であることから、ドゥテルテ反対派の中には大統領の任期を変更し、長期の独裁政権を目指しているとの懸念もされています。

国際的にもマルコスは、レーガン大統領との結びつき以前は比較的中国やロシアとも良い関係を作る全方位外交をしており、今のドゥテルテ大統領の外交とも重なります。

マルコス元大統領に功績がなかったわけではありませんが、人道的な面からドゥテルテ大統領が目指す政権がどのようなものであるか、国民は注意深く見守っているところです。

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フィリピン大統領ドゥテルテ氏に対して度々起こるデモ

これまで見てきたように、ドゥテルテ大統領は高い支持を受けて就任したにもかかわらず、現在では反対の立場を取る人も多く出てきています。

ドゥテルテ大統領に対して起こるデモもたくさんあります。

就任の時期や、マルコス元大統領の埋葬問題などのほか、2017年9月21日には戒厳令の復活や麻薬撲滅戦争への反対から何千人もの人々が集まる大規模なデモも行われました。

また、ショッキングな事件がきっかけで起きたデモもあります。2017年8月、フィリピンの警察官によって、無抵抗の高校生が射殺されるという事件が起きます。

警察は、撃たれた高校生が麻薬犯罪にかかわっていた、あるいは銃を持って抵抗したと主張しましたが、彼が麻薬取引にかかわっていた様子は見られず、無抵抗の高校生の頭や耳を打って射殺したとみられています。

この事件をきっかけに、彼の葬儀とともに起きたデモは、ドゥテルテ大統領就任後に起きたデモの中でも、特に大規模なものになりました。

<下に続く>

今後のフィリピンとドゥテルテ大統領

これまで見てきたように、フィリピンは、今もさまざまな問題を抱えています。

麻薬撲滅戦争にかかわる政情不安や汚職などについて、イスラム過激派と治安維持の問題など難しい問題ばかりと言えるでしょう。

しかし、一時期は「アジアの病人」とまで評されたフィリピンも、最近では「アジアの優等生」といわれるほど目覚ましい経済発展を見せてきています。

まだ、その恩恵は国民全員に広がっているわけではありません。

そして、そのすべてがドゥテルテ大統領の手腕とも言い難い面もありますが、これからのフィリピンの成長と変貌は、ドゥテルテ大統領の手腕にかかっていると言えます。

国際的には、やや中国に近づく様子も見せていて、アジア情勢の行方も気になるところです。

最近のフィリピンはセブ島など、日本でもリゾート地として人気が高まっていて、同じアジアの国として政治的にも、経済的にも重要な国のひとつであることは間違いありません。

今後のフィリピンの行方やドゥテルテ大統領の動向は、今後も気になる問題であると言えるでしょう。

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