みんなのお金ドットコム | お金のコトをもっと身近に
2018/06/28

総理大臣の任期は最長何年?歴代任期ランキング!

日本の国政で最も目立つ存在である総理大臣。わが国ではこれまで100人前後の人物がついている総理大臣のポストですが、時の総理の人気などによって任期がばらばらであるため、本来の任期について理解しにくい部分もあるでしょう。今回は総理大臣の任期や歴代任期ランキングを見ていきましょう。

Large bust 2503146 1920  1
目次

総理大臣の任期は何年?

内閣総理大臣こと総理大臣(首相)の任期について学校の社会科で習ったことはありますか?
ちょっと考えてみると、習った記憶がないという方は多いでしょう。

それもそのはずで、実は総理大臣の任期というのは憲法や法律で定められていません。
「総理大臣の任期は4年」という方もいますが、総理大臣を選ぶことができる衆議院議員の任期が4年以内であるのが元になっています。

このため、政治情勢によって衆議院の解散総選挙が行われて、結果的に与党が敗れると時の総理大臣はその時点で辞任しなければいけません。
また、解散総選挙以外にも何らかのスキャンダルや不祥事が原因で辞任に追い込まれる場合もあります。

なお、政権与党の党首が替わることで総理大臣が代替わりするということも少なくありません。
例えばニュースなどで自民党総裁選が注目されるのも、新総裁が新しい総理大臣になることもあるためです(自民党が政権与党の場合)。

<下に続く>

総理大臣の任期は延長できるの?

それでは、逆に総理大臣の任期とは延長できるものなのでしょうか?
こちらについては、結論から言うとやり方によっては可能といっても良いでしょう。

総理大臣を選ぶことができるのは衆議院議員ですが、特に衆議院で第一党となっている政党の党首が選ばれる仕組みです。
選ばれた総理大臣がその後の政治情勢に合わせて衆議院を解散して総選挙を行い、与党が優勢な状態で勝利すれば任期は延長されます。

ただし、厳密にいえば衆議院を解散した段階で一度内閣自体が解散している建前であり、総理大臣もそのたびに辞任している形式です。
このため総理大臣の正式な肩書として「第〇代・第〇代内閣総理大臣」となっている場合も少なくありません。

<下に続く>

歴代最長の総理大臣の任期

明治期に走っていた路面電車

1885年の内閣制度発足以降、わが国では100人近くの総理大臣が国政を担当してきました。
その中で最も長い任期を誇った人物は誰なのでしょうか?

2018年現在、最長の任期を誇ってきたのは明治・大正期の総理大臣である桂太郎元首相で、通算2886日を記録しています。
長州藩の出身で、陸軍の将官として日清戦争や台湾統治で活躍したのち、1901年に初めて総理大臣になりました。

総理大臣の任期中は日露戦争や不平等条約の改正交渉などで活躍し、日本の近代史にも多くの足跡を残した人物です。
しかし、3度目の首相在任中に第一次護憲運動が起こった影響で辞任することになりました。

<下に続く>

歴代最短の総理大臣の任期

歴代最長任期の総理大臣もいれば、もちろんのこと歴代最短任期の総理大臣もいます。
歴代最短を記録したのは、終戦直後に総理大臣になった東久迩宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)親王でした。

戦後最初で、現在のところ唯一の皇族出身の総理大臣ですが、その任期は54日と、2ヶ月足らずの短いものです。
総理大臣としての彼は戦争責任について国民に「一億総懺悔」を唱えたので有名ですが、国民にも責任を負うという意味で反発を買います。

さらに、当時日本に進駐していたGHQ(連合国軍最高司令部)の指令が完全に合理的ではなかったことに抗議する意味で辞職を決断しました。

<下に続く>

歴代総理大臣の任期ランキング

古き良き時代の建物

さて、ここでは歴代の総理大臣の任期のランキングについて見てみましょう。
上位10名を短い順に、かつ敬称を略して見ていきます。

総理大臣任期ランキング⑩:岸信介

第10位は岸信介(第56代・57代:1957~60在任)で、任期は1241日です。
もともとは官僚でしたが、まもなく閣僚も経験し、1957年から3年間総理大臣を務めました。

在任中にやった主な政策としては、アメリカとの安全保障条約(旧安保条約)の改定でした。
その理由として、安保条約の規定でアメリカ軍が駐留することしか明記されておらず、日本を守るという保証がなかったためでした。

首相在任中に安保条約の改定作業を進めた岸ですが、やり方があまりにも強引だったため、国会周辺で大規模な反対運動が起こります。
そのさなかで何とか新安保条約を可決させることには成功しましたが、それと引き換えに孤立した彼は辞任を余儀なくされました。

総理大臣任期ランキング⑨:西園寺公望

第9位となったのは、明治時代の総理大臣である西園寺公望(第12代・14代:1906~08、1911~12在任)でその任期は1400日です。
公家の出身で、皇室の血も引いていたことから明治天皇とは幼なじみでした。

政治の世界でも明治天皇の側近だったこともあって順調に出世し、1906年に初めて総理大臣となってから2回歴任しています。
総理大臣としての彼は、国内では鉄道国有化を、国外向けには韓国併合を推し進めていきました。

しかし、2度目の首相在任中に軍部と対立、結果的に辞任する羽目になります。
その後は総理大臣になることはありませんでしたが、元老として政治に大きな影響力を与えました。

総理大臣任期ランキング⑧:池田勇人

第8位となったのは、高度経済成長期の総理大臣である池田勇人(第58~60代:1960~64在任)で、任期は1575日です。
前任の岸信介が新安保条約の審議にまつわる反対運動の影響で辞任した後を受けて総理大臣となりました。

悪化した世論の受けを取り戻すために「所得倍増計画」を発表、経済政策に重点的に取り組んで、高度経済成長のけん引します。
足かけ4年近くにわたって総理大臣を歴任しましたが、1964年に癌のために入院したために辞任、翌年亡くなりました。

総理大臣任期ランキング⑦:中曽根康弘

第7位は1980年代に総理大臣を歴任した中曽根康弘(第71~73代、1982~87年在任)で、任期は1806日です。
もともと海軍士官でしたが、戦後に官僚を経て、政界に転身しました。

総理大臣になったのは1982年のことで、国内向けには新自由主義政策を掲げて国鉄と電電公社、専売公社の民営化を行っています。
また外交政策ではアメリカのレーガン政権に接近する形で冷え切っていた日米関係の改善を行うほか、防衛力強化にも尽力しました。

ちなみに、在任中はアメリカ大統領だったロナルド・レーガンと愛称で呼び合うほど個人的に親密な仲で有名でした。
1987年に総理大臣を辞任しますが、一政治家としては100歳となった2018年現在も活動中です。

総理大臣任期ランキング⑥:小泉純一郎

第6位は2000年代前半に構造改革を推し進めた小泉純一郎(第87~89代、2001~06年在任)で、任期は1980日です。
前任の森喜朗が退陣したことを受けて2001年4月に総理大臣に就任、聖域なき構造改革をスローガンとして小泉旋風を巻き起こしました。

国内向けには公的機関の民営化・法人化(郵便局や道路公団など)や三位一体の改革などの行政改革を推し進めます。
また国外に対しては、対テロ戦争を進めていたアメリカのブッシュ政権と歩調を合わせ、2004年には自衛隊をイラクに派遣しました。

そのほかにも有事法制の法整備や北朝鮮との首脳会談、年金制度改革などを行い、2006年に辞任しました。
総理大臣としてさまざまな事績を残しましたが、一方で社会的格差を広げたという評価もあります。

総理大臣任期ランキング⑤:安倍晋三

第5位は2018年現在在任中の安倍晋三(第90、96~98代:2006~07、2012~)で、2018年6月末時点で2379日の任期です。
最初に総理大臣になったのは2006年のことで、小泉純一郎の後を引き継ぐ形で就任しますが、翌年の参院選の敗北を受けて一度辞任します。

再び総理大臣となったのは2012年12月のことで、3つの経済・金融政策を柱としたアベノミクスを提唱しました。
大胆な経済政策や2020年オリンピック招致、TPPの正式参加などの政策などで成果を出したことから、現在もなお任期記録を更新中です。

2度目の総理大臣就任以降、国政選挙でもほとんど大勝していることや政策の成果などから、今後どこまで任期記録を伸ばすか見逃せません。

総理大臣任期ランキング④:吉田茂

第4位は戦後の日本を見事に復興させた吉田茂(第45、48~51代:1946~47、48~54在任)で、任期は2616日です。
最初は外交官で、とくにイギリスと中国との交渉を主に担当することが多く、日本の第二次世界大戦への参戦も反対していました。

定年で外務省を退官した後、戦後になってから外交官時代の活躍ぶりが評価されて1946年に総理大臣に就任します。
当時の日本は終戦直後の焼け野原で何もかもを失っていたうえ、アメリカなど連合国軍の進駐下にある状況でした。

彼は連合国軍最高司令部(GHQ)の指導を受けつつ、しかしなるべく日本にとって不利ではない状況に導きつつ、戦後復興に取り組みます。
日本国憲法の公布・施行、財閥解体、農地改革などや、対外的には1951年にはサンフランシスコ平和条約で独立を回復しました。

戦後の混乱期にあってもユーモアあふれる性質と強い指導力とが人気を集め、歴代有数の任期を誇っています。
なお、彼は1967年に亡くなりましたが、その葬儀は総理経験者で唯一の国葬という形でした。

総理大臣任期ランキング③:伊藤博文

第3位はわが国初の総理大臣で、明治の日本に大きな足跡を残した伊藤博文(第1、5、7、10代)で、任期は2720日です。
長州藩の出身で、早いうちからイギリスに留学、明治維新後はその語学力や交渉力を買われて新政府に参画しました。

政府参画後も欧米各国に留学して最新の技術や社会制度を学んで持ち帰り、日本の近代化を進める中で学んだことをフル活用しました。
特に大日本帝国憲法の制定や内閣制度の創設、鉄道事業などで活躍し、1885年に初代内閣総理大臣に就任します。

彼は生涯4度にわたって総理大臣に就任しますが、それまでの活躍ぶりに加えて、明治天皇からの信頼が非常に厚かったことも理由です。
対外的には日清・日露戦争を戦って勝利をもたらし、日本を欧米列強と渡り合える国にすることに貢献しています。

しかし、韓国統監として朝鮮半島近代化に携わっている最中、1909年に満州のハルビンにて韓国人活動家によって暗殺されました。
なお、昔の千円札にも伊藤の肖像が印刷されたものが発行されていました。

総理大臣任期ランキング②:佐藤栄作

第2位は高度経済成長期真っ只中の日本を引っ張った佐藤栄作(第61~63代、1964~70)で、任期は2798日です。
先代の総理大臣だった池田勇人とは若いころから非常に仲が良かったものの、のちに総理の座を争うことになりました。

1963年の自民党総裁選では敗れたものの、その後池田が病気のために辞任すると彼の後継として総理大臣に就任します。
総理大臣としての彼の足跡として有名なものが沖縄返還と非核三原則の制定、韓国との国交回復など外交面のものが目立ちました。

沖縄返還についてはアメリカとの繊維交渉での妥協と引き換えに実現したとされており、それだけ苦しい交渉だったことを意味します。
また、非核三原則を制定が核開発競争とそれに対する危機で揺れていた世界の平和に貢献したことでノーベル平和賞を受賞しました。

総理大臣任期ランキング①:(一番長い人)桂太郎

歴代の総理大臣の中で最も長い任期を誇ったのが、先ほども触れた桂太郎(第11、13、15代)で、任期は2886日です。
長州藩出身で、長らく明治政府では陸軍の幹部として活躍しましたが、1901年に明治天皇の勅命と元老たちの推薦で総理大臣に就任しました。

日露戦争や不平等条約の改正で活躍したことは先ほども触れましたが、他にも日英同盟の締結や韓国併合でも腕をふるいました。
しかし、大正に入った直後の1913年、憲法に基づいた民主政治の高まりで発生した第一次護憲運動によって退陣することになりました。

<下に続く>

もし総理大臣が任期中に死亡したら

歴史的に見て日本のリーダーである総理大臣も任期中に病死したり、または暗殺されたりする場合が何度かありました。
特に、暗殺された総理大臣として有名なのが1932年の5.15事件で海軍将校に殺害された犬養毅です。

このように総理大臣も任期途中で死亡するという場合もありますが、そうなった場合、後任はどのように決められるのでしょうか?
総理大臣が任期中に死亡した場合は、総理大臣臨時代理が選ばれ、次の総理大臣が正式に衆議院で指名されるまでのつなぎとします。

総理大臣臨時代理の候補者については、内閣組閣時に官房長官を含めた5人の国務大臣が指名されるというのが慣例です。
その中でも第1位となっている人物が「副総理」と呼ばれており、2018年現在、財務大臣である麻生太郎氏がその立場にあります。

<下に続く>

総理大臣の任期は何年?最長は?歴代任期ランキング!のまとめ

事実上の日本のリーダーである総理大臣の任期や、歴代任期ランキングについて見てきました。
日本の場合、総理大臣の任期は厳密には決まっておらず、選挙や政権与党の党首の交代によってかわってきます。

歴史上最も長い任期を誇った総理大臣は明治・大正期に活躍した桂太郎氏で、一方最短だったのが終戦直後の東久邇宮稔彦親王でした。
特に桂太郎氏についてはその任期は2886日で、実は現在でも抜かれていません。

総理大臣の任期の長さは、政権が長期安定しているかどうかのバロメーターでもあるため、気にしながらニュースを見てはどうでしょうか。

Thumb minkane logo
written by
「お金のコトをもっと身近に」というミッションで、みんなのお金ドットコム(みんかね)を運営しています。 投資・節税・保険・ローン・クレカ・節約などのテーマの情報を各領域の専門家や編集部を通して記事配信していきます。
関連記事
おすすめ記事
Logo
みんかねの
おすすめ記事がLINEに届く!
Add line